竜血のカミーユ 〜竜の血を持つ最強の女騎士が乙女のハーレム大構築!?ついでに世界の危機も救っちゃいます!!〜

林美鈴

第一章 王都の陰謀と巨人の国

第1話 タブロの戦い

 吹雪が一行の周囲を覆い、それは白い闇となって視界を遮った。

 寒さに兵たちは凍え、馬たちも足をすくめ、移動することもままならない。


「行軍やめ。休め。復唱。」

 若い女の声が風を引き裂いて響いた。


 先頭の女騎士が振り返って命じたのだ。

 吹雪の中、騎乗した兵たちは主である騎士の命に従い、大声で応える。


「休め。」「休め。」「休め。」

 積み重なる疲労がその命令を待ち焦がれていたのだろう。兵たちの声は大きく響いた。


 吹雪の中でも、十数人の騎兵たちに、その指示は行き渡った。

 騎士は、来た道を戻り、改めて、一人ひとりに休むように声を掛ける。


 その際、兵たちに彼らの水袋を取り出すように命じる。

 騎士はそれを手に取る。

 そして、自らに流れる血の魔力を手に集め、熱とする。


 すると、水袋に付いた氷雪が溶け、温めた葡萄酒の香りが立ち上る。


「カミーユ卿。こちらもお願いいたします。」

 兵たちは女騎士、カミーユの元に集まり、次々と水袋を差し出す。

 カミーユの部下たちは、この女騎士の手によって温められた葡萄酒を飲み、英気を養うのだ。


 皆が葡萄酒を口にする間、カミーユは副官と従者を呼ぶ。


「ヘブナー。付近に狩人の使う小屋があったはずです。探し、兵たちを避難させなさい。」

 カミーユは副官ヘブナーが近づくと、兵たちの避難を命じた。

「はい。カミーユ様。見つからぬ場合は、森にて露営し、待機いたします。」

 ヘブナーと呼ばれた兵士は、次善の策も提示した。

 そういった機転の効く様を気に入り、カミーユは彼を側においている。

「それで構いません。食事を取り、一時間休んだ後、タブロ村へ向かいなさい。」

 副官ヘブナーは、自らの娘ほど年の離れた少女に頭を垂れ、命令を受諾する。


 続いて、カミーユのもとに小柄な人影が到着する。

 騎士カミーユの従者の少女フローラである。

 フローラは、フードの下から茶色の癖っ毛をはみ出させながら、カミーユの指示を待つ。

「従者フローラ。あなたは皆の馬が凍えぬよう、雪を払いのける摩擦を行いなさい。」

「承知いたしました。カミーユ様。」

 フローラがそう言うと、カミーユはそばに寄り、フローラの胸元に自らの水袋を押し当てた。

「これは今すぐ飲むよりも、少し強めに温めてあります。これを胸元に入れていれば、寒さも和らぐでしょう。あなたの任務が最も過酷で重要なものです。よろしくお願いします。」

 フローラはカミーユの心遣いと信頼に感謝し、頭を下げた。

「ありがとうございます。カミーユ様は、どうなさるのですか。」

 フローラは、半ば答えを予想しつつも、主君にその意思を尋ねる。

「私は一足先にタブロ村へ向かい、蛮族たちを一掃します。」


 騎士カミーユ。その勇名はこの辺境の地から、はるか彼方王都モスカウまで響いていた。


 副官ヘブナーは肩をすくめる。

「騎士カミーユの勇名がまた国中に鳴り響きますな。時には兵たちにも分けていただきたい。」

 副官は、笑みを浮かべて話した。主君の身を案ずる様子は一切ない。


「あなた達は、散らした蛮族たちを追いかけ、傷ついた村人を助ける大切な役割があります。」

 カミーユは副官ヘブナーを嗜める。そして、フローラの頬に手を当てる。その手は吹雪の中でも温かだった。

「フローラ。もう一度言います。あなたの役割はとても大切なものです。どうかよろしくお願いします。」

 カミーユはフローラの頬を撫でた。フローラはすがりつくようにその手を握り、名残惜しそうにその手を離した。


 カミーユは馬首を廻らし、フローラと兵たちに背を向けた。彼女のまたがる馬は、主の魔力により、暖かさを保たれている。


「多くの兵の働きが必要になります。一人の落伍者も許しません。」

 背中越しにそう命じると、騎士カミーユは、たった一騎で蛮族が現れたタブロ村へ向かった。その馬脚は、白闇の中でも迷うことはなかった。



 カミーユが村を見下ろす小さな丘にたどり着いた時、村の幾つかの建物からは火の手が上がっていた。

 タブロ村は、三十戸ほどの家を持つ村だ。村の周囲には柵が設けられている。

 カミーユの耳に争いの喧騒が聞こえる。村人たちはバリケードを築き、蛮族たちと戦っていた。


 丘の上で耳を澄ませる。カミーユの聴力は並の人間を大きく上回る。

「壊せ、壊せ、壊せ。村人なんて蹴散らせ。」

「突け、突け、突け。蛮族共を近づけるな。」

 村人と蛮族の叫び声が聞こえる。まだ戦局は拮抗している様子だった。


 村人は男たちが、槍や三つまたをバリケードの間から突き出している。

 蛮族たちは手に槍や斧を持ち、バリケードを崩そうと襲いかかっている。

 蛮族の数は百を超えるほどで、このままではいずれバリケードは破られてしまうだろう。


 カミーユは村に馬首を向け、タブロ村を取り囲む蛮族たちに向かって駆け出した。

 木材の焦げる匂いと、僅かな血の匂い。村人と蛮族の叫び声。村の中央からは子供の泣き声も聞こえる。


 刃と刃がバリケードを挟んで激しくぶつかる。

 そんな中、蛮族たちに、馬上で抜刀したカミーユが迫る。


 蛮族たちは自らの背後に迫る馬蹄の音に振り返る。

 突進する騎馬の姿に一瞬たじろぐが、一騎駆けであることを確認すると、蛮族は騎士、カミーユを嘲り、槍を振り上げて迎え撃つ。こちらには百人の味方がいるのだ。


 カミーユは蛮族たちが構える槍に向かって疾駆する。そして愛馬を跳ねさせ、蛮族たちの槍を躱し、一人の蛮族を馬蹄で踏みつけ、昏倒させる。


 蛮族の群れの只中に入ったカミーユは、愛馬を駆けさせたまま、蛮族たちを見据える。そして、自らの血に満たされた魔力を感じ、それを体中にめぐらせる。カミーユが纏う鎧の下で、その魔力によって全身の筋肉が隆起する。


 この力は村の賢者によると、隔世遺伝により、カミーユの体の血が、竜の血として発現したものだという。


 ミシリ、と、カミーユが握る剣の柄から音が鳴る。木製の柄がその握力に悲鳴を上げる。

 刹那、その筋力が爆発した。音よりも疾く閃いた剣が、蛮族の首を一度に数個切り飛ばす。

 カミーユの愛馬は蛮族たちの間を巧みに駆け、主であるカミーユを次の獲物に誘導する。


 カミーユは再び剣を振り抜く。両断された蛮族の上半身が二つ空に舞った。

 そのまま騎馬は駆け続け、剣が幾度も振り抜かれる。蛮族の群れの中に血煙が上がる。


 カミーユに切られた蛮族が二十人を数える頃、カミーユが振り抜いた剣が、高い音をたて、その半ばで断ち折れた。鋼の剣が、カミーユの筋力に耐えきれなかったのだ。


 蛮族たちはカミーユに恐れをなし、円陣を組むように距離を取っていた。

 しかし、剣が折れたことを好機と見、蛮族の族長が叫ぶ。

「突け、突け、突け。あの騎士を突き殺せ。」


 周囲にいた十数人の蛮族たちは、騎士に向かって、一斉に槍を突き出した。

 カミーユは見事な甲冑を身に纏っている。しかし、そんな鎧でも関節の隙間はある。その僅かな隙間、カミーユの脇の下に、蛮族の槍の穂先が一つ滑り込んだ。


 その時、キンッと、鉱物を叩いたような澄んだ音が鳴り響いた。


 カミーユは、折れた剣を手放す。鎧の隙間に入った槍の穂先を右腕で挟み込み、ひねって振り回す。

 槍の石突き側がゴウと風をたててうなり。周囲の蛮族たちを打ちのめす。

 蛮族たちは内臓を潰され、頭蓋を割られ、飛んでいった。


 カミーユは奪った槍を構え直し、その中頃を握り、肩の上に持ち上げ、振り下ろす。

 音を置き去り、槍の軌跡がまっすぐに伸びる。

 その先には、先程声を上げた蛮族の族長がいた。


 蛮族の族長の胸に大穴が空き、背後の蛮族三人の体も貫いてゆく。

 ここに至り、蛮族たちの士気はくじかれ、散り散りに逃げ始めた。


 カミーユは村人たちに向き直る。

「私は騎士カミーユ。諸君らの身を守りにまいったものだ。村長はおられるか。」

 凛とした声を発し、バリケードの向こうの村人たちを見渡す。


 バリケードの向こう、槍や三つまたを持ったタブロ村の男衆は、先程の騎士カミーユの戦いぶりを見て、呆然としている。


 カミーユは再び声を発する。

「重ねて言う。村長はおられるか。また、怪我人はいないか。」

 ハッとした男が、カミーユの声に応える。


「村長は、村の中にいます。怪我人は、槍で、刺されたもの、火傷したものが十人ほど、おります。村長と、一緒の建物です。」

 男は言葉に詰まりながらも、騎士カミーユの問いに答えた。


「なるほど、蛮族たちはもう戻っては来ないでしょう。障害を取り除いても問題ありませんか。」

 村人たちは顔を見合わせる。


「それと、怪我人の元に案内していただけますか。私が診ます。安心してください。」

 そう言うと、騎士カミーユは兜を外す。

 編み込んだ金髪が流れ、十代半ばの美しい少女の顔が現れる。その表情は微笑み、村人たちを安堵させた。


「は、はい。ありがとうございます。今、バリケードは除けますので。」

 村人は周囲の男衆に声をかけ、木材を退けようと手をかける。


「怪我人をすぐ診たいと思います。離れてください。」

 カミーユはそう言うと下馬し、バリケードに手をかける。


 大の男三人がかりで運んできた木材を、カミーユは片手で次々と取り除いていく。


 そうして村の中に入ったカミーユは、再び村人たちに微笑んだ。

「それで、怪我人はどちらにいらっしゃいますか。」


「はい。こちらです。えっと、カミーユ様。」

 カミーユの怪力に恐れをなした村人たち。その中から、若者の一人が前に出て、カミーユの案内を買って出た。戦の狂騒が去った直後ではあるが、若者はカミーユの美しい顔に赤面してしまう。


「ありがとうございます。よろしくお願いします。」

 お礼を言うカミーユに、村人はさらに顔を赤くする。

 カミーユは愛馬の手綱を取り、村の中央へ案内される。


 村の中央には集会所があり、槍を持った村人が数人立っていた。

 カミーユを案内した若者が村人たちに声をかけ、カミーユは集会所の中へ迎え入れられる。


 集会所の中は、村の避難所となっていた。女子供、老人たちが集まり、寄り添っている。

 集会所の片隅には、毛布が敷かれ、包帯を巻いた怪我人たちが寝かされ、痛みが酷いのか、うめき声が途絶えることはなかった。


 カミーユの姿が集会所のランプに照らされると、村長らしき恰幅の良い壮年の男性が、立ち上がった。

「騎士様。村長のクルガンと申します。蛮族たちを追いやってくださったようで、まことにありがとうございます。」


 カミーユは胸に手を当て、正式な仕草で立礼する。

「ナイト・カミーユ・オブ・クリン。近隣にあるクリン村を治める騎士です。貴方がたを救いに参りました。まもなく私の兵たちも到着します。安心してください。」

 その凛々しい姿に、村の女性達から溜息がもれる。


「怪我をした方たちを診せていただいてもよろしいですか。私は怪我を癒す心得がございます。」

 カミーユは村長に申し出る。

「なんと。ありがとうございます。是非お願いいたします。」


 カミーユは怪我をした者たちのそばに寄り、その手を取り、血に塗れた患部に触れた。

「うぅ、騎士様。お手が汚れます。」

 カミーユは瞳を閉じて、自らの血から魔力を汲み上げ、患部に当てた手に集中させる。

「大丈夫です。少し、このままで。」


 カミーユの手から注がれた魔力は、村人の腹の傷口を塞ぎ、内臓の損傷を治してゆく。

「騎士様。これは。」

 カミーユは優しく微笑んだ。

「傷はもう大丈夫です。もう少し養生していてください。」


 こうして、カミーユは怪我人の傷を癒やしていく。

 全ての怪我人の手を取り、優しく語りかけ、その傷を塞いで、癒やしたのだ。


 しばしあり、集会所の扉が開き、村人と兵隊たち、それに従者フローラが入ってくる。

「カミーユ様。ご無事ですか。」

 フローラがカミーユに駆け寄る。

 カミーユは、子供を抱き、女性たちに声をかけ、励ましていた。


 カミーユは、特に、少女や女性たちから、抱かれるのをせがまれている。

 これは、カミーユへの恋に落ちた者たちであろう。フローラは自らの主が自然と発する。女性を落とす魅力に頭をおさえた。

「フローラ。無事です。怪我人は幸い多くありませんでした。あなたは村人たちの介護をお願いします。」

 カミーユは従者フローラに命じ、今度は副官ヘブナーを見やる。

「ヘブナー。あなたたちは蛮族たちの追討を。」


「はい。しかし、村の入口を見ましたが、相変わらずですな。これはまた、武名が上がりますな。」

 ヘブナーは戦いの痕跡から、騎士カミーユの戦いぶりを想像し、苦笑した。

「ヘブナー。私は命じました。蛮族の追討を、私もすぐ後を追います。」

 騎士カミーユは、揶揄する部下をたしなめた。

 無論、カミーユはその間も、女性たちを抱いていた。フローラは主君のそのような姿を見て、内心穏やかではなかったが、村人たちの介護を続けた。


 ヘブナーは騎士の命に従い、集会所を退出し、兵を取りまとめ、蛮族を追った。

 

 しばしあり、カミーユは女性たちに別れを告げ愛馬にまたがる。そして、従者フローラを伴い、すぐにその後を追う。

 村の女性達は、名残惜しそうにカミーユに手を振り続けた。


 この戦いは後に「タブロの戦い」と呼ばれ、蛮族にとっては最後の組織だった争いであった。そして、カミーユの一騎駆けの伝説とともに、語られることとなる。


 これが、騎士カミーユの日常であった。

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