第4話 エクメアファッシアータ姫の華麗なる一日(2)
「パキア! マコヤナ! そしてエクメアファッシアータ姫! どうして遅れたのか、正当な理由があるのなら聞きます。誰でもよろしい。説明してごらんなさい」
料理長ロベレニーは、ピシリと言った。
「…………」
顔を見合わせる三人。
「そう、ないのですね。では、お仕置きとして」
「待ってください!」
声を上げたのは姫だった。
「あ、あの、遅れたのは、わたくしのせいなのです。わたくしが外のことを色々と聞いていたので、時間を忘れてしまったのです」
「それで?」
「あの、お仕置きはわたくし一人で受けます。二人は」
「姫さま、とんでもないっ」
「私が受けますー」
「はい、よくわかりました」
にこりとしてロベレニーは言った。
「お仕置きは三人で受けてもらいます。なぜかわかりますか?」
「量が多いから、とかー?」
「相変わらずですね、マコヤナ。違います」
腰に手を当ててロベレニーは言った。
「いいですか? あなたたちは三人でいたのです。その中の一人が間違ったことをするなら、他の二人が止めればよろしい。たとえ二人が間違っていたとしても、一人が正せば良いのです。それが本当の『つきあい』ではありませんか!」
五人のやんちゃ坊主を育てた母親の迫力に、三人は素直にうなずく。
「まぁもちろん、実際には、止められない正せないこともあるでしょう。しかし最初から見逃すようではいけません。大事な相手こそ伝えるのです。その一言が命綱になることもあるのですから」
(これってもしかしてさっきの話やめとけってことー?)
(たまたまでしょ。それに私はむしろやるべきだと思ったわ。侍女を入れ替えたり増やしたりするだけじゃ、姫さまには足りない気がするの)
(それには同意ー)
姫付き侍女として古株のパキア。今までも誠心誠意つかえてきたが、ずっと姫の状況は変わらなかった。このままでは姫がまいってしまう。
そうなる前に、少しでも出来ることを試したかった。それはまだ仕えて日の浅いマコヤナも同じ気持ちだった。
ロベレニーは、やんちゃ坊主たち相手なら言葉だけでは足らず実力行使も辞さないが、すでに神妙な態度の少女たちに満面の笑顔でこう言った。
「わかりましたね。さ、たいしたお仕置きじゃありませんよ。ヤモを一人三十個むくだけです」
台所の隅に山と積まれたヤモがあった。
思わず絶句する少女たち。
「私は六十個むきますから、ね?」
そう言われては文句も言えない。三人はさっそく用意を整え、ヤモをむき始めた。
「今日はどなたかいらっしゃるのですか?」
すでに七個めにとりかかりながら、パキア。
「そうです。隣国のカルノーサ王が……」
「え――!? あの遊び人の!?」
「マコヤナ!」
ぎろりとにらむロベレニー。
「す、すみませんー。でも、すごい噂じゃないですか。夜ごとお出かけになって、城にはほとんど帰らないってー」
「そうそう。それにカルノーサ王国の女性は、赤ん坊からお年寄まで、カルノーサ王に口説かれなかった人はいないって」
「ま、まあ、噂ですからね。あくまでも」
めずらしくロベレニーは苦笑した。
「どうしてカルノーサ王にヤモなのですか?」
さりげなく十個めをむきながら、姫。
ヤモは過酷な環境でもよく育つ。ここアフェランドラ王国でも安く手に入る、庶民的な食材なのだ。
「そうですよー。カルノーサ王国は内陸、せっかくアフェランドラ王国にいらっしゃるんなら、海魚料理の方が珍しいじゃないですかー」
「中でも、アーリヤやキイルの方が良いかと」
アーリヤもキイルも、魚の王様と言われるものだ。その身はやわらかく、さっぱりとしていて、複雑な味付けを見事に昇華する。
「もちろんアーリヤもキイルも用意していますよ。ですが」
ロベレニーは『名人』の称号を持つ料理人だ。
家庭料理はもちろん、色々な珍しい食材をふんだんに使い、見た目にも華やかなものを作ってこそ、充実感もひとしおなのだが。
「今回はカルノーサ王たっての注文なのです。なんでもカルノーサ王は『ヤモの煮っころがし』に目がないとか」
【ヤモの煮っころがし】こそアフェランドラ王国のどの家庭でも作られている料理だった。各家庭によって少しずつ味が違うのがおもしろいが、目新しくはない。
「カルノーサ王国にはヤモが育たないのでしょうか?」
「水が豊富な王国ですから、育たないことはないでしょう」
「そんなに好きなら自分の城で作ってもらえばいいのに」
「今日の訪問、もしかして、ロベレニー料理長のヤモの煮っころがしのためだったりしてー?」
「パキア! マコヤナ!」
まったくもう、とロベレニー。
「この前の大陸会議で約束されたそうですよ。次回の大陸会議の打ち合わせをしたい、と」
パキアとマコヤナは目配せする。
(噂通りの人なのか知りたいわね)
(一目見ないことには話にもならないよー)
「あのぅ姫さまはー、カルノーサ王と一緒に食事をなさるのですかー?」
やっと九個めにさしかかりながら、マコヤナ。
カルノーサの訪問すら知らなかった姫は、ロベレニーを仰ぎ見た。
「ええ。なにしろカルノーサ王はエクメアファッシアータ姫に会いにいらっしゃるのですから」
「わたくしに?」
「どうやらアフェランドラ王がエクメアファッシアータ姫の話をされたみたいですよ。直前まで予定を伏せていたのは、姫の体調を考慮されたのでしょう」
「………」
(やった。会える)
(うふふ。楽しみー)
(若いんでしょ? たしか今年十八歳とか)
(えー? そんなに若いのー? それはなにがなんでもお目にかからなくっちゃー)
嬉しげに視線を交わす二人とは反対に、恐るおそる姫は聞いた。
「あ、あの、ロベレニー。まさか、お見合い、ではありませんよね?」
「エクメアファッシアータ姫。アフェランドラ王があなたを簡単に手放すはずがありませんよ」
きっぱりと断言するロベレニーに、うんうんとうなずくパキアとマコヤナ。アフェランドラ王の姫に対する溺愛ぶりを、皆知っているのだ。
それでも不安そうな姫にロベレニーは言った。
「ご安心ください。『新しい風』はまだです。私は知っています。『新しい風』とは、困難の後にふくもの。そんな簡単にはふきませんよ」
力強い名人の言葉に、姫は笑顔になった。
「はい。ありがとうございます。ロベレニー」
「さ、おしゃべりも、もういいでしょう。どうです? むきおわりましたか? 終わったらすぐに今日の課題にとりかかりますからね」
ロベレニーの前には見事にむかれたヤモが積まれていた。
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