​第7話 『素手による剛斧粉砕と、勇者たちの遭難』

 「オラァァァッ! ミンチになりな!」

​ ゴズが吠えた。

 彼の筋肉が膨張し、身の丈ほどある巨大なバトルアックスが空気を切り裂いて迫る。

 その一撃は、岩をも砕くという二つ名通りの破壊力を秘めていた。周囲の野次馬たちが悲鳴を上げて目を背ける。

​ だが、俺の視界の中で、その剛撃はやはり止まって見えた。

​ (……やっぱり、遅い)

​ 俺はため息をつきながら、半歩前に出た。

 避けるまでもない。

 俺が試したいのは「防御力」と「出力調整」だ。

​ ガィィィィンッ!!

​ 鈍い金属音が響き渡り、火花が散った。

 ゴズの表情が、凶悪な笑みから驚愕へと凍りつく。

​ 「……は?」

​ 振り下ろされた巨大な斧の刃。

 それを俺は、左手の「掌(てのひら)」一枚で受け止めていた。

 痛みはない。まるで、羽毛枕を受け止めた程度の感触だ。

​ 「バ、バカな……! 俺のフルスイングだぞ!? 岩盤だって砕く一撃だぞ!?」

 「ああ、いいスイングだったよ。風圧はなかなか涼しかった」

​ 俺は冷静に分析する。

 今の俺の解放率は0.01%。それでも、Bランクの物理攻撃は完全に無効化できるらしい。

 これなら、ドラゴンに噛まれても無傷かもしれない。

​ 「ふ、ふざけんな! 化け物が!」

​ ゴズが斧を引き抜こうと力を込める。

 だが、俺の掌に吸い付いたように、斧は微動だにしない。

​ 「さて。次は攻撃力の調整だ」

​ 俺は斧の刃を掴んだまま、右手の指を軽く曲げた。

 デコピンだと吹き飛ばしすぎて街に被害が出る。

 今回は、「軽く押す」イメージで。

​ 「解放率……0.001%」

​ 俺は右手の指先で、ゴズの斧の「腹」の部分を、トン、と叩いた。

​ パキィィィィンッ!!

​ 甲高い音が響き、鋼鉄の斧が粉々に砕け散った。

 衝撃波がゴズの腕を伝い、彼の巨体を襲う。

​ 「ごふっ!?」

​ ゴズは口から血を噴き出し、砲弾のように後ろへ吹き飛んだ。

 だが、今回は計算通りだ。

 彼は奴隷商人の男たちを巻き込みながら転がり、路地の壁に激突して止まった。

 気絶はしているが、死んではいない。

 よし、手加減成功だ。

​ 「ひ、ひぃぃっ! ゴズさんが一撃で!?」

 「逃げろ! こいつはヤバい!」

​ 巻き添えを食わなかった残りの手下たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げ出そうとする。

 俺が追いかけるまでもない。

​ 「……逃がしません」

​ 冷徹な声が響いた。

 フィオナだ。

 彼女が樫の木の杖を軽く振るうと、逃げる男たちの足元の地面から、太い木の根が一斉に隆起した。

​ 「うわっ!?」

 「な、なんだこの根っこは! 解けない!」

​ 『ウッド・バインド』。初級の拘束魔法だ。

 だが、フィオナが使うと、それは大樹の如き強度を持っていた。

 男たちは完全に捕縛され、宙吊りにされる。

​ 「クライブ様。衛兵を呼びました。……後は法に裁かせるのがよろしいかと」

 「ああ、そうだな。ナイスだ、フィオナ」

​ 俺たちは駆けつけた衛兵に彼らを引き渡した。

 ゴズは指名手配されていたらしく、衛兵たちは俺に感謝しながら、懸賞金の手続きを約束してくれた。

​ 騒動が去った後、フィオナが俺を見つめ、うっとりとした顔で言った。

​ 「流石です、クライブ様……。あの剛斧を素手で受け止めるなんて。やはり貴方の肉体は、神話級の強度をお持ちなのですね」

 「いや、服が破れなくてよかったよ」

​ 俺は肩をすくめた。

 この力、使いこなせれば世界中どこへ行っても生きていける。

 俺は確信と共に、フィオナと並んで歩き出した。

​ ――その頃。

 Cランクダンジョン『岩喰いの洞窟』の最深部近く。

​ 「ハァ……ハァ……! 水……水はないのか!」

​ 勇者グランは、岩壁に背中を預けて荒い息を吐いていた。

 喉が焼けつくように渇いている。

​ 「もう予備の水筒も空よ! マリア、水魔法は!?」

 「無理です……! MPが枯渇してて……出せてもコップ一杯分くらい……」

​ 聖女マリアが涙目で首を振る。

 彼らは迷っていた。

 この洞窟は入り組んだ迷路になっている。

 以前なら、クライブが地図(マッピング)を完璧に行い、「右に行けば水源があります」「こっちは行き止まりです」とナビゲートしていた。

 彼らはただ、目の前の敵を倒して進めばよかったのだ。

​ だが今は、誰も地図を描いていない。

 同じ場所を何度もグルグルと回り、無駄な戦闘を繰り返し、物資を浪費していた。

​ 「クソッ……! なんでだ! なんでこんな簡単なダンジョンで遭難しかけてるんだ!」

 「松明の油も切れそうよ……。真っ暗になったら終わりだわ」

​ 魔導師レインが絶望的な声を出す。

 クライブがいれば、予備の油など腐るほど持っていたはずだ。

​ 「……帰ろう。一度撤退だ」

​ グランが屈辱に顔を歪めながら決断した。

 勇者パーティが、Cランクダンジョンで、ボスにも到達できずに撤退。

 前代未聞の失態だ。

​ 「帰ったら……すぐに新しい荷物持ちを探すぞ。クライブ以上の奴をな」

 「ええ……。絶対に見返してやるわ」

​ 彼らはまだ認めていなかった。

 クライブ以上の荷物持ちなど、この世界には存在しないという事実を。

 そして、この撤退劇が、彼らの転落人生のほんの序章に過ぎないことを。

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