『ケーキと白桃と、ポストの謎』

 ある日の午後、母が人気店のケーキを買ってきてくれた。

 しかも三つも!三つ!

 この時点で、わたくしのテンションはすでにショートケーキのイチゴ並みに跳ね上がっていた。


 お茶は、白桃フレーバーの烏龍茶。

 この香りがまた、乙女心をくすぐるのよ。

「白雪姫と鏡の女王」なんていう、ちょっとB級感ただよう映画を観ながら、母とふたりでケーキタイム。

 ああ、なんて平和な午後かしら。


 シャオはというと、ホットカーペットの上のおざぶで、見事なヘソ天。

 まるで「母がいるから、今日は安心して寝るにゃ」と言わんばかり。

 その姿に、思わず吹き出してしまった。

 シャオよ、おぬし、母の愛を誰よりも察知しておるな。


 さて、ケーキは三つ。

 チョコ、チーズ、そしてフルーツ。

 迷いに迷って、わたくしはフルーツケーキを選んだ。

 久々のクリームに、舌が「おかえり」と言っていた。

 ああ、これこれ、この感じ。

 口の中で果物が踊ってる。

 まるで、白雪姫の森の動物たちが、わたくしの味覚を歓迎してくれているよう。


 で、楽しい時間はあっという間に過ぎて、母が帰ったあと——

 気づいたの。

 父の分のケーキ、渡し忘れてた。


 ……え?

 三つあったよね?

 わたくしが一つ、母が一つ、シャオは…食べてない。

 ということは、父の分が…冷蔵庫にぽつん。


 夜、ケーキを届けに行ったら、ポストにMSB通信が届いていた。

 武蔵野美術大学の、わたくし宛の通信。

 でも、なぜか母のポストに。


 ……え?

 わたくし、独り暮らししてるんですけど?

 住所、変えたんですけど?

 ポスト、あるんですけど?

 なのに、わたくしのポストには、広報誌とか、どうでもいいチラシしか入ってこない。


 母よ、なぜ…なぜわたくしの郵便物を、あなたのポストに?

 まさか、ケーキと一緒に「気にかけてるよ」のサイン?

 それとも、「まだ完全には手放してないのよ」っていう、母なりのメッセージ?


 うーん…

 白桃烏龍茶の香りが、またふわっと鼻をかすめた。

 甘くて、ちょっと切ない。

 でも、悪くない。



 *あたたかいお茶とケーキの午後。

 それは、ほんのひとときのことだったけれど、

 わたくしの中に、静かに沁み込んでいくような時間でした。


 母がわたくしを気にかけてくれていること。

 シャオがその空気を感じ取って、安心しきって眠っていること。

 そして、なぜか母のポストに届くわたくし宛の郵便物——

 すべてが、言葉にならない想いのかたちのように思えました。


 大人になって、独り暮らしを始めて、

「もう自分のことは自分でできる」と思っていたけれど、

 それでも、誰かがそっと気にかけてくれていることの、なんと心強いことか。


 わたくしのポストは、今日もからっぽかもしれない。

 でも、見えないところで、誰かがわたくしのことを想ってくれている。

 そんな気づきが、心をふわりとあたためてくれました。


 読んでくださったあなたにも、

 そんな“見えないやさしさ”が、そっと届きますように。

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