こたつとジープと母の声
年の瀬の冷たい空気のなか、壊れたこたつを車に積んで、母とふたり、粗大ごみの処理場へ向かった。ナビに従って走る道は、どこか頼りなく、見知らぬ土地の冬景色が車窓を流れていく。
T字路で、ナビにはないジープが道をふさいでいた。動かない。母が助手席からそっと言う。「故障ですか?って聞いてごらん」。まるでささやき女将のような、静かな指示。窓を開けると、ひげもじゃの男が近づいてきた。
「**の家具センターに乗せてってくれや」
その声は、唐突で、粗野で、まるで頼みごとというより命令のようだった。私はとっさに顔をこわばらせ、「無理です。粗大ごみを積んでますから」と、冷たく返した。すると、男の顔が曇った。まるで、こちらが悪いことをしたかのように。
そのとき、母が横からふわりと声をかけた。「○○の家具センターですか? 今、座席は座りにくいけれどいいですか?」
私は驚いた。母は、まるで昔からその土地の人のように、自然に会話をつなぎ、男を車に乗せた。男は「××の家具センターまで」と、まるでタクシーのように言う。母は地名に詳しくないのに、あとで「聞き取れなかったわ」と笑っていた。
私は、男が無遠慮に座席を押してくるのに腹を立てながら、リクライニングを戻した。どうやら、それで納得してくれたらしい。
横浜では、こんなことはまず起きない。見知らぬ人に突然乗せてくれと言われて、断ったら不機嫌になるなんて、都会では考えられない。でも、母は慣れたように、男と世間話をしながら、目的地まで送り届けていた。
その姿を見て、ふと思った。母はもう、すっかり栃木に馴染んでいるんだな、と。
田舎って、あったかいんだな。
たとえ、言葉がぶっきらぼうでも。たとえ、少し図々しくても。そこには、助け合いがあって、人と人との距離が近い。母の声が、その空気にすっと溶け込んでいた。
こたつを積んだ車のなかで、私は少しだけ、心の中の冷えた部分があたたまるのを感じていた。
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