あったかいはなし

れなれな(水木レナ)

黎明の雑炊

 まだ夜の名残が空に漂う四時半。

 目覚ましよりも早く目が覚めた私は、静かにノートパソコンを開いた。

 そのとき、胸の奥にふっと浮かんだのは—— ああ、今日は私の超音波検査の日だった。


 昨日、母に電話をしたけれど、その話題には触れなかった。

 わざと避けたわけじゃないと思う。

 でも、どこかで、私自身がそのことをまだ言葉にしたくなかったのかもしれない。

 温泉に行く前に、もう一度電話してみよう。

 声を聞けば、きっと少し落ち着く。


 そんなことを考えているうちに、 いわしとオートミール、ヤーコンと大根を入れた雑炊が、 ことことと湯気を立てながら炊き上がった。

 朝日が昇るのを待ちながら、私はその湯気に顔を近づける。

「いただきます」と、心の中でそっとつぶやいた。


 雑炊は、やさしい味だった。

 体の奥に、静かに灯るようなぬくもりが広がっていく。

 さあ、温泉へ行こう。


 母に電話をすると、明るい声が返ってきた。

「ちゃんと覚えてるよ」

 その一言に、胸の奥がふっとほどける。

 八時四十五分に母の部屋へ行く約束をして、それまでは自由時間。

 きゃほー!と、心が跳ねた。


 温泉では、お隣さんと少しだけおしゃべり。

「脱衣所にエアコン、欲しいよね」 そんな何気ない会話が、やけにあたたかく感じられた。

「お互い、あったかく過ごしましょうね」 笑い合ったその瞬間、冬の朝が少しだけ春に近づいた気がした。


 土曜日は大掃除。 ニトリル手袋を買っておかなくちゃ。

 よし、がんばるぞ。


 自分を大切にするって、思っていたよりずっと手間がかかる。

 でも、こうして静かに始まる朝があるから、 私はまた、今日を生きていける。



 *この作品は、ある冬の朝の記録です。

 不安や迷いを抱えながらも、日常の中にある小さなぬくもりに支えられて、 「今日を生きる」と静かに決める——そんな瞬間を綴りました。

 読んでくださった方の心にも、やさしい朝の光が届きますように。

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