第3話:そのブレス、消防法違反です。――Sランク探索者、公務員に論破されBANされる

 渋谷ダンジョン、第4層。

 そこは、灼熱のライブステージと化していた。


「ヒャッハー!! 燃えろ燃えろぉおお!!」


 Sランク探索者、『ファイヤー・カイザー』。

 逆立てた赤髪に、派手なレザーアーマー。

 彼は自撮りドローンを周囲に旋回させながら、両手からデタラメな火炎を噴射していた。


 ドォォォォン!!


 爆音と共に、ダンジョンの壁が崩落する。

 だが、視聴者は熱狂していた。空中に浮かぶホログラム・コメント欄が滝のように流れる。


『カイザーかっけぇぇぇ!』

『火力こそ正義!』

『¥50,000 スパチャ! もっと燃やして!』


「おいおい、そんなもんかぁ? 俺様の炎は『神の息吹』だぜ!?」


 カイザーが増長するたび、周囲の温度計が異常値を叩き出す。

 このままでは、渋谷の地下街にある「冷却ダクト」が融解し、有毒ガスが地上へ逆流する。


「そこまでです!!」


 熱波を切り裂き、天王寺アキラが飛び出した。

 彼女は愛用の杖(警棒型ロッド)を構え、カイザーの前に立ちはだかる。


「ダンジョン省・特別管理課です! 直ちに魔法の使用を中止し、退去してください!」


 凛とした声が響く。

 だが、カイザーはニヤニヤと笑いながら、カメラをアキラに向けた。


「あぁん? なんだこの姉ちゃん。公務員の分際で、俺の配信の邪魔すんの?」


『うわ、出たよ役人』

『空気読めねーな』

『でも美人じゃんw 俺の嫁にするわw』


 コメント欄の嘲笑が、アキラに突き刺さる。

 彼女は顔を赤くし、それでも引かなかった。


「貴方の行為は、ダンジョン法第8条『構造物への意図的な破壊』に抵触します! これ以上の抵抗は……」

「うるせぇよ雑魚が!!」


 ゴオオッ!!


 カイザーが腕を振るう。

 警告なしの、殺人級の火球。

 アキラは瞬時に氷の障壁を展開したが、Sランクの火力の前では薄氷に過ぎなかった。


「きゃああっ!?」


 氷が瞬時に蒸発する。直撃コースだ。

 ……チッ。

 俺はとっさに遠隔で空間座標を弄り、爆心地をわずか2メートルほどズラした。


 それでも余波は凄まじく、アキラは爆風で吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 制服が焦げ、うめき声を上げるが、五体満足だ。


「ハッ、見たかお前ら! これがSランクと公務員の実力差よ!」


 カイザーは俺の干渉に気づいていない。自分の攻撃が当たったと思っている。


「くっ……うぅ……」


 アキラは杖をついて起き上がろうとするが、ダメージが深い。

 カイザーは残忍な笑みを浮かべ、とどめの特大火球を練り上げ始めた。


「じゃあな、美人の姉ちゃん。灰になっても綺麗でいろよ?」


 絶体絶命。

 アキラが死を覚悟し、目を閉じた――その時だ。


 ザザッ……ザザザッ……。


 突如、配信の映像に激しいノイズが走った。

 カイザーのドローンが、未知の磁場干渉を受けて揺れ動く。


『あれ、画質落ちた?』

『なんかモザイクかかってね?』


 コメント欄がざわつく中、ノイズの向こう側から気の抜けた声が響いた。


「あー、もしもし」


(……カメラに顔が映るのは面倒だな。周囲の光の屈折率、乱数化ランダム設定へ)


 俺は無意識に「認識阻害プロトコル」を展開しながら、アキラとカイザーの間に割り込んだ。

 視聴者の画面には、俺の姿は「画質の悪い、ブレた人影」程度にしか映っていないはずだ。


「誰だお前? おっさん」

「ダンジョン省の九条です。……君さぁ、ここ換気悪いんだよ。火遊びなら家でやってくれない?」


 九条は、眼前に迫る灼熱の火球を見ても、あくびを噛み殺していた。

 その態度が、カイザーのプライドを逆撫でする。


「……あ? 俺を誰だと思ってんだ? 『ファイヤー・カイザー』様だぞ? テメェみたいなFランク職員、息をするだけで殺せるんだよ!!」


 カイザーの殺意が膨れ上がる。

 直径5メートルを超える巨大な火球が、九条を飲み込もうと放たれた。


「九条さん、逃げて!!」


 アキラが叫ぶ。

 だが、九条は一歩も動かない。

 ただ、眼鏡のブリッジを中指で押し上げただけだ。


 ――解析開始スキャン・スタート


 九条の瞳の奥、エメラルドグリーンの光が走る。

 彼の視界の中で、カイザーの誇る「神の炎」が、無機質なソースコードへと分解されていく。


『対象:火属性攻撃魔法』

『術式構造:冗長かつ非効率』

『燃焼効率:32%……無駄ゴミが多い』


「……汚いコードだ。よくこれでSランクになれたな」


 九条はバインダーに挟んでいたボールペンを抜き、指揮者のように空を突いた。


申請却下アクセス・デナイト。」


 ペンの先端が、空間の一点を突く。

 それは、魔法を構成する数億行の術式の中に紛れた、たった一つの「論理矛盾バグ」だった。


 シュンッ。


 音が消えた。

 巨大な火球が、爆発することもなく、熱を残すこともなく。

 まるでテレビの電源を切ったように、唐突に「消失」した。


「は……?」


 カイザーが間の抜けた声を上げる。

 アキラも、視聴者も、何が起きたのか理解できない。

 九条はペンをクルクルと回し、淡々と告げる。


「君の魔法、無駄な熱量カロリー使いすぎ。酸素供給のパスを1行書き換えるだけで、その火、点かないよ?」


「な、何をした!? 俺の魔法を消したのか!? ありえねぇ!!」

「消してないよ。不備があったから差し戻しただけだ」


 九条は一歩、また一歩とカイザーに歩み寄る。

 その足取りは、ただの疲れたサラリーマンだ。

 だが、カイザーは本能的な恐怖に後ずさりした。

 目の前の男から感じる、「底の知れない深淵」の気配に。


「く、来るな! 燃えろ! 死ね!!」


 カイザーは錯乱し、両手から炎を乱射しようとする。

 だが、火花一つ散らない。

 九条が周囲の空間定義を書き換え、「燃焼」という物理現象そのものをロック(凍結)しているからだ。


「さて。公務員への殺人未遂、器物破損、あと消防法違反」


 九条は懐に手を入れ――一瞬、嫌そうに顔をしかめた。

 このカードを切れば、後で膨大な報告書(始末書)が待っている。

 だが、こいつを野放しにして被害が拡大すれば、その処理はもっと面倒だ。


「……はぁ。帰ったら書類仕事かよ」


 彼は諦めて、漆黒のカードを取り出した。

 その表面には、金色の菊の紋章が刻まれている。

 それを見た瞬間、カイザーの顔色が青ざめた。探索者ならば誰もが噂に聞く、都市伝説。


「げっ、げん……『特命全権委任状ブラックカード』!? うそだろ、なんで冴えないおっさんが!?」

「事後承諾で悪いけどさ」


 九条はカードを端末にかざし、冷徹に宣告した。


「君のアカウント、BAN凍結で。」


 ――強制執行エクスキュート


 ズズズズズ……ッ!!


 ダンジョンの床と壁から、無数の「黒い鎖」が出現した。

 それは物理的な鎖ではない。ダンジョンの管理システムが生成した「拘束プログラム」だ。


「ギャアアアアッ!? なんだこれ、魔法が使えねぇ!? 力が入らねぇ!!」


 鎖はカイザーの手足を縛り上げ、その身体を宙に吊るし上げる。

 彼の体内にあった膨大な魔力が、鎖を通じて強制的に徴収ドレインされていく。


「ちょ、待て! 悪かった! 謝るから! 俺がいなくなったら日本の戦力が下がるぞ!?」

「心配いらないよ。君程度の代わりは、いくらでもポップする」


 九条は無慈悲に見下ろし、空中に新たなウィンドウを開いた。


『転送先指定:警視庁・ダンジョン犯罪対策課・地下留置所』

『種別:凶悪犯・即時収監エクスプレス


「これより君の身柄は、ダンジョン内転移テレポートで魔導特捜部に直送される。ライセンスは剥奪。全財産は没収。……まあ、独房でゆっくり反省文でも書いてなよ」


「は、転移!? やめろ、俺はSランクだぞぉぉぉ……ッ!!」


 ズズズ……ッ!

 鎖に引きずられ、カイザーの身体が空間に生じた「黒いゲート」の中へと吸い込まれていく。

 それは死への入口ではない。法の裁きを受ける場所への、逃れられない強制ルートだ。


 シュンッ。


 カイザーの絶叫ごとゲートが閉じると、現場には静寂だけが残った。


「……ふぅ。終わった終わった。無事に『出荷』完了、と」


 九条は肩を回し、バインダーで扇ぐ。

 そして、呆然と座り込んでいるアキラに手を差し出した。


「大丈夫? 天王寺さん。怪我は?」

「あ、貴方は……一体……」


 アキラは震える手で、九条の手を取った。

 Fランクの冴えない中年公務員。

 けれど、今この瞬間だけは、どんな英雄よりも巨大な「怪物」に見えた。


「ただの事務屋だよ。……あ!!」


 九条は突然、悲鳴のような声を上げてスマホを取り出した。


「11時25分!? やばい、限定20食が!!」


 彼は血相を変えて、グルメサイトの画面を凝視する。

 この時間帯、ランチ戦争は激戦だ。タッチの差で売り切れる可能性が高い。

 わざわざ渋谷まで来た意味がなくなってしまう。


「え、え? 九条さん……?」

「天王寺さん、報告書よろしく! 俺は『A5ランク溶岩ローストビーフ丼』を確保しに行く!」

「は……はぁ!?」


 止める間もなく、九条は脱兎のごとくゲートへ走っていった。

 さっきのSランク戦よりも必死な形相で。


 残されたアキラは、焦げた制服のまま、ただその背中を見送るしかなかった。


(九条ミナト……。この人は、一体何なの……!?)


 その日、Sランク探索者がたった一人の公務員に「消された」映像は、アーカイブに残ることなく、謎のシステムエラーで全世界から削除された。



――――――――――――――――――――

【あとがき:★のお願い】 ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます! S級だろうが消防法には勝てません。九条の「事務処理ざまぁ」、楽しんでいただけましたでしょうか?

もし「スカッとした!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、 応援の星を入れていただけると、ものすごく励みになります! (★1つでも泣いて喜びます! 何卒……!)

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