神々の終わりを宣言する唯一の声

@SlownRain

第1話 夜のコンビニと星の盤面

人は言う。

世界の始まりに、

ひとりの「英雄」が手を掲げたと。


その呼びかけに、

世界そのものが応えた。


人々は――恐怖を携えて。

エルフは――永遠を。

ドワーフは――石のような頑固さを。

獣の部族は――血と誇りを。


彼はすべての種族を集め、

「闇」に終止符を打とうとした。


そのとき、

深淵の底から――

「魔」が立ち上がった。


彼は自らの一族を呼び集め、

古き巣を目覚めさせ、

そして竜たちは翼を広げ、

灰で空を覆った。


あの時代の英雄と覇王たちは、

ただの「人形」に過ぎなかった。

その身体には、

神々自身の力が脈打っていた。


彼らは自分の声で語り、

されど――

その手を動かしたのは神だった。


彼らは人として死に、

されど――

その一撃は、神のごとく世界を砕いた。


あの時代、

魔法はまだ「歌って」いた。

「叫んで」はいなかった。


呪文は金属に織り込まれ、

ルーンは歯車の中で生き、

奇跡は――

職人の技となっていた。


光と闇が激突し、

炎は嵐とぶつかり、

翼は鋼と打ち合い、

心臓は――運命となった。


その一撃は、

時そのものを砕いた。


だが、

その戦いが刻まれた石には、

「終わり」は存在しない。


ただ、

風に削られた文字だけが残る。


「それ以来、世界は知らない――

あの時、誰が勝ったのかを……」


そしてその下に、

まるで震える「他人の手」で

書き足されたように――


「なぜなら、それは

ただの“第一局”に過ぎなかった。

神々のゲームは、

まだ始まったばかりだった……」


……それ以来、神々は静かに遊ぶ。

ほとんど気づかれぬほどに。


そして――

新たな“一局”は、すでに始まっている。


今や盤面は、

ただの夜のコンビニ。

駒は――

壁際に立ち、

スマホを握る

ひとりの少年。


光。

均一で、白く、冷たい。


カメラはゆっくりと、

アルスの顔を捉える。


彼は少し背中を丸めて座っている。

目の下には疲労の影。

唇は無表情のまま――

まるで、

もう何年も驚くことを忘れてしまったかのように。


カメラは、さらに寄る。


瞳孔。

蛍光灯の映り込み。

震える、かすかな光。


急転――視線から、画面へ。


タイムライン。


顔。

広告。

他人の朝食。

他人の笑顔。

他人の「最高の人生」。


スクロール。

スクロール。

スクロール。


指は、無意識に動いている。


彼は椅子の上で伸びをし、

頭の上で手を組む。

背骨が、静かに鳴る。

拳に音を押し殺しながら、あくび。


退屈。

怠けではない。

ただ――

粘りつくような、退屈。


そして、突然――


タイムラインに、

「彼女」が現れる。


生きている。

本物だ。

その笑顔は、

どんなフィルターよりも、あたたかい。


指が、止まる。


「いいね」。


「……だったら」


そして、

思考は突然、別の方向へ進む。


「いっそ――

別の世界へ行けたら……」


蛍光灯でもなく。

シフトでもなく。

プラスチックとコーヒーでもなく。


「……そこで、

俺は“誰か”になれるのかな」


記憶が、不意に弾ける。


叫び声。

ドアの音。

沈黙。

よそよそしい壁。

児童施設のベッド。


「……別れた。

捨てられた。

それで――その先は?」


「なんで、

こんな毎日を引きずらなきゃならない?

一日、また一日……

どこにも行けないまま」


「……空っぽだ。

いつも通り」


レジの向こうで、

荒い声が静寂を引き裂く。


そこにいるのは――パンク。


ライダース、鎖、汚れたブーツ。

安物のエナジードリンクとアルコールの匂い。

口を開けたままガムを噛み、

怠そうに――

パチン、と風船を弾く。


指の骨には、

タトゥー。



レジの向こうには少女。

唇の上の小さなほくろ。

少しかすれた声。


「商品、返してください」


「そんなに睨まれるの、嫌いじゃないんだけど?」


カット――アルス。


スマホの画面が消える。


胸の奥で、

見知らぬ何かが

糸を引いたような感覚。


脚が、勝手に動いた。


「……クソ……

俺、出るつもりなんて……」


彼は横から近づく。視線は合わせない。


「……そのジャケットの下、

まだ商品あるだろ」


声は低く、

ほとんど――

親しげなほどに静か。


パンクが目を細める。


「……なんで分かる」


「見えた。

返せ。

カメラに映る前に」


パンクは天井を見上げ、

無言で、商品を取り出す。


「……気味が悪い奴だな」


「……たぶん」


ドアが、

バタン、と閉まった。


「……ありがとう」

少女は小さく言った。

「私、ミラ」


「……どういたしまして」


手のひらが、震えている。


シフトの終わり。


「……ねえ、ちょっと待って……」


彼女が近づく。


頬に――

一瞬、軽く。


キス。


バニラと、

どこか消毒薬みたいな匂い。

ついさっき、

手にクリームを塗ったみたいな。


「……あの写真の人、あなた?」


「え……ネット、すごいね」


彼は視線を逸らす。

照れくさそうに。


「……面白い人」


アルスは、外に出る。


冷気が、顔を殴る。


雲ひとつない空で、

雷鳴が轟いた。


彼は、空を見上げる。


星々が――

まるで、

チェスの駒のように

並んでいる気がした。


誰かが、

たった今――

一手、打った。

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