左遷された冴えないおっさん医師、実は世界最高の『名医』でした
伊皆半身
序章 勇者殺しと呼ばれた医者
第1話 追放されても連行ならセーフ
老人の朝は早い。
そして、おっさんの朝も早い。
自分を老人かおっさんか、どちらかにカテゴライズするのであれば、俺はおっさんを選ぶ。三十代後半はまだおっさんを名乗れるはずだ。
……三十後半というか、四十代目前だけど。
けれど、最近夜すごく眠い。夜早く、朝も早い生活を送っていると、段々と老人になってきたんじゃないかと震える。
いきなりなぜ年齢の話かというと、俺が村医者をやっているここ・テノハ村が老人だらけの過疎化が進んだ村だからだ。
王都から離れた辺境の村はどこも似たようなものだけどね。
「おはようリグマ先生、またいつものをお願いしに来たよ」
「おはようございます、村長。今日もこんなに……助かります」
治療費代わりに玄関に積まれた野菜の山を屋内に移しながら、日が昇る前にやってきた村長を中に迎える。
俺は天才じゃないから、魔法の腕は使っていないとすぐに落ちてしまう。
けれど、毎日村の誰かが訪ねてきて、村長のように問診で解析魔法を使うのに協力してくれている。
おかげで腕が維持できて本当にありがたい。
回復魔法の出番がないのはむしろ良いことだ。
医者は本来暇であるのが一番いい。
「今日は収穫を済ませたい野菜が二種類あるからのぉ……半日分頼むよ」
「分かりました。最近気になるとおっしゃっていた腰も一緒に診ておきますね」
「おぉ、助かるのぅ」
右手で腰の治療をしながら、左手で村長の手を握って解析魔法をかける。
血圧、脈拍、栄養状態。年齢から考えればありえないほどの健康優良児? 健康優良老人? だ。
状態を確認してから、いつもの強化魔法をかけていく。
「はい、終わりましたよ。昼過ぎ頃までは二十代です」
「相変わらず早いのぉ、先生、実は凄腕だったりせんかの?」
「いえいえ、白魔法使いですから。専門分野なんて皆こんなものですよ」
「そうかのぉ?」
村長は屈伸をしてから肩をまわして調子を確認する。
さらに手をつかないで後方宙返り。
そのまま二点倒立。からのバランスをとって片手倒立。
「はい、村長の素質です」
「ワシ、来月で七十なんじゃが? 強化魔法ってこれが普通なのかの?」
ここが過疎化した村でよかった。王都でこんな所を誰かに見られたら、王都中の老人が押し寄せてきただろう。
並の強化魔法なら、腰が曲がった七十歳はせいぜい真っすぐ立って歩ければ御の字だ。
なんだか村長から疑いの眼差しが飛んできている気がして、俺はコクコクと頷いた。
村長は野菜に飛んできたハエを指で掴みながら、診療所の中を見渡す。
「のぉ先生」
「なんでしょう」
村長の目は穏やかだ。決して嘘を咎めるようなものじゃない。
むしろ、嘘に気付いた上で、俺を心配しているような、そんな目だ。
「村に住む皆が先生に感謝しとるよ。こんな辺境にふらっと来て村医者として置いてくれと言われた時は驚いたもんじゃがな? 今は皆が信頼しとる」
「……ありがとうございます」
「先生は村になくてはならない存在じゃ! じゃが、それと同じくらい、ワシらは先生がこの村の外の世界で活躍して欲しいとも思っとる……親心じゃな! かっか」
これがおっさんと老人の違い、年の功というやつか。
本当は白魔法の腕が並以上であることもお見通しなのかもしれない。
「その時が来たら、ワシらは全員で旅立ちを応援するからの」
「その時……ですか」
「なんなら嫁をとってもいいぞ?」
嫁という言葉にビクッとしてしまった。
そういえば診療所では指輪を外していたな。
「なんじゃ、気になる子でもおるのか?」
「もう……随分昔の話です」
「そういうことは早く言わんか、会いに行けい!」
村長の言葉は心からの親切だ。それは分かっている。
こんな俺を心配してくれて、嬉しい気持ちでいっぱいだ。……けど。
「もう一度会えたら……どんなに幸せか」
「先生?」
カーン――カーン――カーン。
その時、不意に来客を知らせる村の鐘が鳴った。
「なんじゃこんな時間に? 商隊の予定もないぞ」
「……念の為私が行きます」
「気をつけるんじゃぞ」
妙な胸騒ぎがする。いや、考えすぎだな。俺がこの村にいることを知る人間はそういないはずだ。
鐘の鳴らし方からして賊じゃない。
警戒しながら門の前まで歩いていくと、鎧を着た女性が村の入口近くで待機していた。
服装には見覚えがある。
王都カッシュファルの騎士団、乗っている馬と団服からしてかなり階級が高い。
「……こんな夜明けにどうしました? 王都は逆方向ですよ」
森はまだ朝日が差し込んでおらず薄暗い。フードを被っていて顔はよく見えないな。
……経験は充分、その上で革鎧に傷がつかないやり手ってところか。
「……」
女性は無言でこちらを見つめる。
「あの……もしもし?」
まさかこちらの声が聞こえてないわけじゃないだろう。
騎士団は基本的に礼儀を重んじる集団だ、無言で見つめるなど本来はありえない。
……何者だ?
「よかった。本当に、よかった……」
馬を降りる。
ただそれだけの所作に一切の無駄がない。衣擦れや金具の音一つない。
それはもうどちらかといえば魔法の領分じゃないか?
さっき何かを呟いていたがうまく聞き取れなかった。
はじめは恐る恐る近づいてきた彼女だったが、一歩踏み出すごとにその勢いは増す。
眼の前に来る頃にはほとんどタックルのような速度になった。
「ちょ……ちょっと!? なんですかいきなり! 危な――うぐっ!?」
ぶつかりに来る直前で横に飛んで躱したのに、直角に曲がった彼女は顔から俺の脇腹に突き刺さった。
痛てて……結構避けるのには自信があったのに。
というか、人類はあんな角度と速度で曲がらないはずだろう?
「
「……! まさかっ?」
衝撃でフードが脱げ、薄暗い森の中でも素顔が露になる。
聞き覚えのある声、幼い頃と比べて少し色の落ち着いた赤髪。
それに、両手を身体の後ろに回して絶対逃さないようにしながら抱きつく癖……。
なにより、患者以外で俺のことを『せんせい』と呼ぶ人間はほとんどいない。
「驚いた。見違えるくらい立派になって気が付かなかったよ、ユエル」
「はい……、はいっ! 嬉しいです! また
俺が名前を言い当てたことにユエルは顔を上げて目を細め、嬉しそうに顔をほころばせる。
その笑顔には似つかわしくない真っ赤な目元と溢れる涙に、思わず唇を噛んだ。
「本当によかった……会いたかったです、
ユエルは王都で白魔法を教えていた頃の弟子の一人。王都を離れる前に教えていた最後のメンバーの一人だ。
王都にいたのはもう十年近く前になる。こんなに立派になって……俺も歳を食うわけだ。
「どうしてここに? いや、それよりもどうやってこの場所を……?」
俺が王都を離れてから、居場所を知っている人間はほとんどいないはずだ。
もちろん、当時のユエルたちにも教えていない。
「優秀な白魔法使いの噂を探したんです。
ユエルは祈るような涙声で訴える。
ちょうど登り始めた朝日が、じんわりとその顔を照らした。
「今日来たのは、
「……わざわざ追放された俺に?」
俺が王都を出たのは追放されたからだ。そんな俺にわざわざ呼び出しとは穏やかじゃないな。
ユエルはこくりと頷き、改めて俺の手を強く握った。
「助けてください、
「なんだって!? ……
「それが――」
ユエルの表情が一気に曇る。
「
「そうか、女王様が……」
どんな怪我も、どんな病気も治してしまう神薬――それが
ただし、稀に効果がない事があり【
違う。だから
治らないという恐怖を打ち砕き、絶望から救い出す事こそが本懐――そう信じている。
俺が手を強く握り返すと、ユエルは再び希望に満ちた表情で顔を上げた。
「……分かった。まずはなんとか診察をしないと。場所はどこで? 王都の隣だと――」
「ありがとうございます!
ガチャン。
…………あの。ユエル? ユエルさん? 手首のこの重くて頑丈そうな手枷はいったい? プレゼントかな?
なんだか脳内で死ぬほど恥ずかしい覚悟を語っちゃったんだけど。もしかして、そういうこと?
「じゃあ、連行しますね!」
「俺は王都を追放された身なんだけど、まさか……まさかね?」
「大丈夫です! 追放者は入都資格がないだけで、連行はセーフなので!」
「……ユエルは賢いね」
「えへへ。さぁ、行きましょう!」
魔法を教えていたのは十年以上前だから、今のユエルは二十代前半くらいか。
昔から変わらない天真爛漫な笑顔が朝日よりも眩しい。
まぁ……いいか。やり方はなんであれ、俺のやることは変わらない。
俺にしか救えない命があるなら、どこへでも行こう。
たとえそれが追放された王都であろうと。
その王都が俺の事を――――勇者殺しと呼ぶ場所であろうと。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
あとがき
書いてみたかったおっさんモノです。
誰が勇者を殺したか おっさん剣聖 色んな作品に触れながら書きました
面白い自信ありです、どうぞお付き合いください。
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