クリスマスの贈り物 後編
ちょっと歩こうよ、と翔真に誘われて、すぐ隣りにある日比谷公園を歩く。
日中は人で賑わっている公園も、夜は少し閑散としていて、イルミネーションに彩られたビルの合間に比べたら、ここは静かだ。何組かのカップルの横を通り過ぎ、少し奥まったところにある静かなベンチに腰掛ける。
突然、翔真に「ごめんな」と謝られた。
「え!?」
今日は会ってから楽しいことしかなかった里桜は、翔真の謝罪の意味がわからずに思わず声が裏返った。翔真は少し言いづらそうに首の裏をかいた。
「いや、なんて言うか。クリスマスデートって、本当はディズニーとかさ、こう、ホテルとったりして。そーゆーのが良かったんじゃないかなって」
思ってもいなかった方向の話に、里桜はパチパチと目を瞬いた。
「……俺、普段練習ばっかで、全然バイトとか出来ないしさ。ちょっとそーゆー女の子の喜びそうな所に連れて行ってあげられるほどの財力がなくてですね。凄く申し訳ないと言うか……。でも、どうしても里桜ちゃんにあげたいもの見つけたから、それだけは買いたくて」
そう言って、ハイ、と紙袋を渡された。
「……開けていい?」
受け取って、控えめに尋ねると翔真が頷いたから、里桜は紙袋に入った包みをそっと開ける。
中には、クリスマスローズを形どったモチーフの付いたネックレスが入っていた。
「かわいい……」
ため息のように言葉が
「……クリスマスプレゼント、何にしようかなーって探しに行って。コレ見つけたら、もう絶対に里桜ちゃんじゃね? と思ってさ」
ピンクゴールドの繊細な鎖と縁取りに、白く控えめな小さな花。花の片隅には、一粒のダイヤが光っている。
「……ちょおっと、俺の今の財力では足らなかったから……練習の後に単発のバイト入れて……。ごめんね、最近返信遅くて」
里桜が今日、少し元気がない理由が、自分の最近の態度にあると思ったらしい翔真は真摯に謝った。
帰ったら疲れて寝ちゃって……これくらいしか出来ないんだけど、と照れくさそうにする翔真に、里桜の胸はきゅうっと縮まった。奥歯の奥から甘い疼きが込み上げてきて泣きたくなる。
昼休みに入った瞬間、走って里桜の元まで駆けてきて、放課後だって毎日練習で忙しいのに。
(なのに、返事がないだとか……なんだかそっけないだとか……)
いつも、いつの時も、翔真の頭の中には里桜がいる。
その事を知って、里桜は今日、落ち込む原因となった自分が持ってきた袋の中身に、ますます申し訳なくなった。
「……私こそ、ごめんなさい」
口にした途端、ボロボロと泣き出した里桜に、翔真は「えっ!? ちょ……!! えぇ!?」と慌てた。
グスグスと泣きながら、里桜も持ってきた紙袋を差し出す。
「これ――」
開いた中身は、角がひしゃげたケーキの箱だった。
「私が得意なこと、これくらいだから。しょ、翔真くんに……美味しいケーキ、作ろうと思ったのに……」
色々不安はあったけれど、翔真の喜ぶ顔を思い浮かべながら作った、チョコレートコーティングされたちょっとおしゃれなクリスマスケーキ。
上手く出来たと、家を出るまでは思っていたのに。
「駅でね、私の前を歩いてた子どもがね、階段踏み外して……」
傾いできた体を慌てて支えたら、持っていたケーキの箱にぶつかった。
足を踏み外した子どもは無事で、一緒にいたお母さんには何度もお礼を言われたけれど。
ひしゃげたケーキが、まるで自分の気持ちみたいで。自信のなかった心が、もっと萎んでしまった。
「……里桜ちゃんは、大丈夫だったの?」
心配が滲んだ声に、まだ涙が溜まってくる。
「私は大丈夫。一段目に足をかけただけだったから。でも、ケーキはダメになっちゃうし、翔真くんは優しいし……私、良いところなんてひとつもなくて――」
悲しさが溢れて零れそうになる前に、里桜の身体は翔真に抱きしめられた。
「っ! ――しょうまく」
「俺、本当に里桜ちゃんが好きだ」
翔真の熱のこもった声が耳元で響いて、里桜は体を固くした。
筋肉のついた、翔真の力強い腕が、里桜の体をぎゅっと包み込む。しばらくの抱擁のあと、口元に笑みをたたえた翔真が、「それ、もらっていい?」とケーキの箱を指差す。遠慮がちに里桜が差し出した箱を、翔真はまるで宝物を開けるみたいにそっと開いた。
中には、ひしゃげて無惨に形の崩れてしまった茶色いケーキ。
添えられていたプラスチックのスプーンで、翔真は大事そうにその崩れたケーキを口にひと口入れた。
「……うまい」
そのまま、ひとくち、ふたくちと口に入れて、じっと里桜を見つめる。
二人の間にケーキを挟んで、翔真は里桜の手に自分の手を重ね――そっと、唇を
冬の夜の公園はすっかり冷えて。デートをするにはまるで向いていないはずなのに、触れた箇所が発熱しているように熱い。
吐息とともに、お互いの熱もひとくち、ふたくちと口に入れて。
甘いのは、ケーキのせいか、この空気のせいか。
惜しむように唇が離れた時には、お互いの瞳に、確かに今までに無い熱が
「……ぜんぶ、食べちゃいたい」
翔真が囁やいた言葉に、指先に、里桜は息を飲んだだけで声を発する事が出来なかった。
でもそれは、否、という意味ではなくて――
答えられずに里桜がいると、翔真がふぅっと息を吐いていつもの顔で笑った。
「――ごめん、噓」
いや、嘘ではないけどさ。と頬をかく。
「……俺、今はまだ自分の事だけで精一杯な、バイトもろくに出来ないガキだからさ。そんなやつが、里桜ちゃん、傷つけるわけにはいかない。……ちゃんと、責任取れるようになったら……また、誘ってもいい?」
翔真の言葉、ひとつひとつが、里桜の事が大切だと物語っていて。里桜は目に溜まった涙を振り切るように、顔を大きく縦に振った。
帰ろっか、と手を繋いで歩く。残ったケーキの入った袋は、しっかりと翔真の右手に握られている。
冬の刺すような夜風が、二人の間を吹き抜けていった。けれど、体温の高い翔真の手から分け合った熱で、二人は少しも寒くない。
歩きながら過ぎてゆくイルミネーションの光が、まるでエフェクトをかけたようにお互いを照らした。
翔真がくれた、クリスマスローズのネックレスがキラリと反射して。クリスマスは、もうちょっと先だけれど、少し早めにサンタがプレゼントをくれたみたいだ。
別れるのが名残惜しくて、今日はズルズルと里桜の家の近くまで手を繋いで歩く。
繋いだ手を解くことが、お互いなかなかできなくて。無言でしばらくその場に立たずんだ。
「……」
先にその手をほどいたのは、翔真の方だった。
「――さっきは、あんなこと言ったけどさ」
公園でのやり取りを急に蒸し返されて、顔を赤らめつつも里桜は翔真を見た。
「いつでも、もっと触れたいとは……思ってる、から」
いつも、軽やかに話す翔真が、歯切れ悪くそう言って赤くなった顔を右手で覆う。里桜は、たまらなくなって、「好きだよ、翔真くん」とはっきりと声に出した。
里桜の言葉に、翔真は弾けたようにぱっと笑って。里桜の頬に軽くキスを落とすと「おやすみ!」またな! と夜道を駆け出していった。
どこかで、ジングルベルの鳴る音が聴こえる気がする。翔真の背中が見えなくなるまで、里桜は翔真からもらった紙袋を握りしめ、
「うん。またね、翔真くん」
ひとり、十二月の空に呟いた。
2025.12.8 了
❖おしまい❖
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