第33話 生じた迷い
そう疑義を示したダイブナイーブさんを、空気が読めていないとは私は思わなかった。たとえ不謹慎でも、それはきっと全員の頭に一度は過ったことだろう。当然、私だって合同誌のことを考えなかったと言ったら嘘になる。きっとダイブナイーブさんが呟かなくても、遅かれ早かれ誰かが訊いていた。
tomoyukiikuno@doukayorosiku
どうでしょうか……。
僕としては頒布してほしいんですが、さすがに尚早すぎますかね……?
まったく関係のない人間が亡くなった人で商売してるとも受け取られかねないですし……。
そう思われるのは全員にとって何もいいことがないですよね……。
客観的に見れば、ikunoさんは頒布に水を差してきていたが、かといって私たちは誰もikunoさんをたしなめなかった。ikunoさんは「世界が終焉」の頃からニッケルを聴いている。感じているショックもきっと深いことだろう。私たちは誰もikunoさんの意見を否定しなかった。そう思われる可能性は確かにあった。
あなぐら@geuierdsvndbu
ikunoさんのおっしゃることも分かりますけど、それでも僕は頒布してほしいです。
だって、この合同誌ってトダさんが亡くなったから作り始めたわけじゃないですよね。
トダさんのご逝去が公表される前に、頒布しますって告知は出してるわけですし。
経緯を説明すれば分かってくれる人は多いと思います。
ikunoさんとは対照的に、合同誌の頒布に前向きな姿勢を見せるあなぐらさんにも、私たちはまたすぐに賛同できなかった。これは簡単に結論を出せるような話じゃない。全員で丁寧に話し合って決めなければならないのだ。
Xavⅰer@hellohellohello
私は正直に言うと、今回のコミバで頒布するのはやめた方がいいと思います。
やはりikunoさんが言うように早すぎるのは否めないですから。
また日を改めて、せめて四十九日が過ぎてからkindleで販売するというのはいかがでしょうか。
喪に服す期間を作った方が、きっと反発も少なくなると思います。
雲集ムサン@12/31C100東3c-27@orangeandremon
Xavierさんのおっしゃることも分かりますけど、でも印刷所にはもうデータを入稿したんですよね?
となると、もう本になるのは決まっているわけで、もう製本されているかもしれない。
そのなかで頒布を取りやめるのって、こんな言い方はないかもしれないですけど、もったいなくないですか?
Xavⅰer@hellohellohello
確かにそれは私も思いましたけれど、でもコミバで頒布しなくても今はネット通販も充実しているじゃないですか。
ですから、頒布を取りやめる場合でもしかるべき期間を経てから、通販を開始すれば印刷された本は無駄にはならないと思います。
Xavierさんが唱える慎重論も、雲集ムサンさんが感じているもったいないという気持ちも、私はそのどちらともがよく理解できた。今や同人誌は即売会だけで頒布されるものではない。都合が合わなくて来られなかった人や、会場に来るハードルが高い人にも届けるために、通販という形式はかなり浸透してきている。私たちだってあまり売れたことはないけれど、自分たちの漫画を取り扱う通販サイトを持っているくらいだ。だから、私はどちらかというとXavierさんの見解に正当性を感じてしまう。今回の合同誌が頒布できなくても、今まで描いた漫画は頒布できる。その分ブースは少し寂しくなってしまうが、背に腹は代えられないという思いが、私のなかで膨らみ始める。
迷子亭何処@maigoteiizuko
確かにXavierさんの言うことも分かります。
だけれど、それでも僕はコミバで合同誌を頒布してほしいと思っています。
今回のことで悲しんでいる人は大勢いて、もしかしたらその中のたった一人でも僕たちの合同誌を読むことで、気持ちが少しだけでも軽くなるかもしれない。
僕はその可能性に賭けたいです。
かすかに頒布を取りやめる方にコミュニティの雰囲気が傾き出したところで、迷子亭何処さんははっきりと異を唱えていた。救われると言ったら大げさだが、それでも私たちの合同誌は、誰かが悲しみを少しでも受け入れることに貢献できるかもしれない。何一つ根拠のない楽観的予測。でも、それを私は絵空事だと頭から否定することはしたくなかった。もしかしたら私たちの合同誌は悲しみややりきれなさを、別の形容できない、それでも前向きな感情に変えられるかもしれない。その可能性がたとえ一パーセントに満たなくてもある限りは、私にはそれを安易に捨てられなかった。
ミミ@12/31C100東2f-12@mimimimi3333
私も色々な声はあると思いますけど、それでも頒布したいと思っています。
今回のことで悲しまれている方はたくさんいる。もしかしたら一人、孤独に。
でも、実際に本という形になって作者である私たちがいる。同じように感じている人間がここにいる。そう伝えられる機会を私は失いたくありません。
一文字一文字を掬い上げるように丁寧に入力して、私はツイートボタンをタップした。SNSはたくさんの名も無き人々の声を可視化した。検索窓に「トダヨウエイ」や「トダさん」と打ち込めば、今も多くのツイートを見ることができるし、同じように悲しんでいる人の存在を感じられる。でも、それは多くの場合、顔も名前も伏せられた匿名の呟きでしかない。実際に顔を見て、合同誌を手に取って感じられることは、ただSNSを見ているよりもずっと大きい。そう私は信じたかった。だって、私たちはここ数年、人と面と向かって会うことの重要性を、これでもかと感じさせられてきたはずだから。
tomoyukiikuno@doukayorosiku
それは分かりますけど、ミミさん。実際に顔を合わせるということは、心無いことを言われる可能性だってあるということですよ。
もしブースにやってきた人から「不謹慎だ」とか「ふざけるな」とか言われたら、ミミさんはどうするおつもりですか?
ミミ@12/31C100東2f-12@mimimimi3333
それは丁寧に説明するしかないと思っています。
私たちはこういう経緯で、こういう想いでトダさんの合同誌を頒布している。
その人たちに理解してもらえるかどうかは分かりませんけど、でも私にはじっくり考えて言葉を選んで説明する以外の手段が思いつきません。
Xavⅰer@hellohellohello
それは確かにその通りですけど、きっとまだ今回のことを完全に受け入れられていない方も大勢いらっしゃると思います。
その方たちが合同誌を見て、「ああ、本当にトダさんは亡くなってしまったんだ」と実感して、さらに傷つく。
実物を頒布したら、そういった暴力性からは逃れられないのではないですか?
ミミ@12/31C100東2f-12@mimimimi3333
確かにXavierさんが言う側面も否めないと思います。
ですから、強い言い方になってしまいますけど、そういった方には最初からブースに来ないようにしてもらう。それ以外の方法は私には考えられません。
そのためには、ツイッター等でも事前に周知しておくことが必要ですが。
Xavierさんが示した懸念についての私の答えは、それこそ暴力的だった。嫌なら見るな、来るな。そう言ってしまったら、どれだけ丁寧に説明しても反感を買うこと必至だ。少し考えてみても対案は思いつかず、Xavierさんやikunoさんが言うように、頒布を取りやめるのが私にはベターな選択肢のように思えてしまう。最初にツイートしたときに持っていたはずの意志は、根底から揺さぶられていた。
(続く)
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