第47話 狙われる雷

最初におかしいと感じたのは、

威力ではなかった。


実技棟、臨時演習室。


対策班に組み込まれた生徒たちが、

順番に魔法の精度を確認している。


玲花も、その中にいた。


第六階梯雷迅


長い詠唱。

一言一句、間違えずに紡ぐ。


雷は、走った。


だが――


「……?」


威力は、十分。


測定値も、問題ない。


それでも玲花は、

胸の奥に小さな違和感を覚えた。


(……軽い)


昨日より、軽い。


一昨日より、

“遠い”。


魔法が、

自分の掌から離れていく感覚。


「天霧?」


声をかけられる。


対策班の教師だ。


「数値は正常だ。

問題ないな?」


玲花は、

一瞬だけ言葉に詰まった。


「……はい」


問題ない。


“数値上は”。


だが、

玲花の中では違った。


(昨日と、同じ魔法なのに)


詠唱は同じ。

魔力も足りている。


なのに、

“手応え”だけが薄れている。


次の演習。


第六階梯雪時雨


今度は、

詠唱の途中で違和感が走った。


――言葉は、合っている。


だが、

感覚が一拍遅れる。


氷は降る。


けれど、

密度が、微妙に違う。


「……疲労だろう」


誰かが言った。


「連日の戦闘で、

感覚が鈍っているだけだ」


対策班は、

そう結論づけ始める。


魔力測定値:正常。

詠唱精度:正常。

階梯:問題なし。


「一時的に、

魔力供給を増やそう」


「演習時間を短縮する」


「休息を挟めば回復するはずだ」


――正しい判断。


だが、

そのすべてが、

ズレていた。


玲花は、

黙って自分の掌を見る。


(……違う)


疲労じゃない。


これは――

“調整されている”。


その頃。


少し離れた場所で、

静麻は演習を眺めていた。


(……来たな)


幻惑系統。


だが今回は、

学院全体ではない。


玲花、個人。


詠唱の“後”ではなく、

“前”に触れている。


(魔法を弱めてるんじゃない)


(“届かせない”)


静麻の指先が、

わずかに震える。


対策班が取っている行動は、

すべて裏目だ。


魔力供給を増やせば、

幻惑の“糸”は太くなる。


休ませれば、

“感覚の差”はより鮮明になる。


(気づかせる気だ)


静麻は、

拳を握りしめる。


分かっている。


これは、誘いだ。


だが――

今、動けない。


護衛官がいる。

月代が、時折こちらを見ている。


(災禍は、使えない)


低階梯で触れれば、

玲花の異常が

“自分のせい”にされかねない。


(……くそ)


その時。


玲花が、

ふとこちらを見た。


視線が、合う。


ほんの一瞬。


その目に宿るのは――

不安ではない。


確信だ。


玲花は、

小さく口を動かした。


「……御影」


周囲に聞こえない声。


「ねえ」


「私――

狙われてるよね?」


静麻は、

言葉を失う。


否定しない。


だが、

肯定もしない。


ただ、

目を逸らさなかった。


それで、

十分だった。


玲花は、

小さく息を吐く。


「……やっぱり」


その瞬間。


遠く。


誰にも見えない場所で、

ミルディアは楽しそうに笑った。


「ふふ……」


「気づいた、気づいた」


指先で、

糸をひとつ弾く。


「でもね」


「分かっても、

どうしていいか分からないでしょう?」


玲花の魔法が、

また一段、遠ざかる。


対策班は混乱し、

正解に近づいているつもりで、

さらに深みへ踏み込む。


静麻は、

歯を食いしばった。


(……このままじゃ)


災禍を使う理由は、

まだない。


だが。


“守る理由”は、

確実に生まれてしまった。


遊びは、

もう終盤だ。


次に動くのは――

どちらか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る