第45話 継ぎ目に潜む者

実害が出た以上、学院は動かざるを得なかった。


実技棟の一室。

即席の対策会議が開かれている。


「護衛官主導で、対処班を編成する」


鷹宮 健の声は簡潔だった。


「授業は縮小。

生徒の移動経路を限定。

視認確認を二重化する」


黒瀬 玄堂が腕を組む。


「幻惑相手に、正攻法は効かん。

被害を抑えつつ、

原因を突き止めるしかない」


月代 恒一郎は、軽く頷いた。


「了解。

じゃ、表は任せた」


視線を、会議室の外へやる。


「裏、見てくる」


その頃――。


静麻は、人目につかない渡り廊下を歩いていた。


(対処班が動くのは正しい)


だが――


(“仕掛けた側”は、

それを見越してる)


幻惑は、広く薄く。

だが“継ぎ目”は、必ず残る。


空間の認識が切り替わる瞬間。

誰もが見落とす、重なりの端。


(……そこにいる)


静麻は足を止めた。


視線の先。

何もない壁際。


だが、感覚は告げている。


(楽しんでるな)


詠唱は使わない。


高階梯は論外。

詠唱量が増えれば、

魔力の“音”が立つ。


(短く、静かに)


静麻は、息を一つ。


第二階梯感応


短詠唱。

言葉は、ほとんど囁き。


次いで、間を置かず。


第三階梯空間測位


本来なら、

“大まかな方向”が分かる程度。


――のはずが。


静麻の感覚に、

学院の空間が“線”として立ち上がる。


歪みの流れ。

重なりの端。

継ぎ目の座標。


(……いた)


その瞬間。


「……は?」


背後で、

小さな声が漏れた。


月代だ。


物陰から、

一部始終を見ていた。


(第二、第三階梯……?)


月代の笑顔が、

ほんのわずかに消える。


(……精度、おかしくない?)


低階梯の探知は、

短詠唱で済む代わりに、

精度は粗い。


それが常識だ。


(なのに……)


静麻の探知は、

“点”ではなく“線”。


しかも、

揺らぎを排している。


(これ、

上級魔法の区分じゃないか?)


月代は、喉を鳴らした。


(詠唱量は短い。

階梯も低い)


(……でも、

やってることは違う)


静麻は、

さらに一歩踏み込む。


第二階梯感応――再詠唱


詠唱は同じ。

だが、重ね方が違う。


空間の継ぎ目が、

くっきりと浮かぶ。


その奥。


“何か”が、

愉快そうにこちらを見ている気配。


(……見つけた)


月代は、

完全に確信した。


(この生徒……)


(天霧家の娘と、

同じ匂いがする)


才能。

生得。

――天賦。


(いや……

もしかしたら)


(それ以上、か?)


だが、

月代は声をかけない。


今、踏み込めば――

静麻は引く。


(……今は、観るしかないか)


静麻は、

気配を追いながら思う。


(護衛官、この魔力反応は月代か?近いな)


(月代……見てるか)


だが、止まらない。


(もう、見つけた)


空間の継ぎ目に、

楽しげな歪み。


――ミルディア。


姿は見えない。


だが、

“そこにいる”ことだけは、

はっきりと分かった。


(……次は、どう出る?)


遠くで。


ミルディアは、

くすりと笑った。


「ふふ……」


「見つけちゃった?」


「でも――」


「まだ、

“捕まえられない”でしょう?」


遊びは、

次の段階へ。


月代は、

物陰で肩をすくめた。


「……やっぱりねぇ」


「君、

普通じゃない」


対処班は動き出した。


だが――

本当に踏み込んだのは、

たった二人だけ。


一人は、

楽しむ者。


もう一人は、

気づいてしまった観察者。


そして――

静麻は、静かに歩みを進める。


災禍を使う理由は、まだない。


だが。


隠し続けられる距離は、

確実に縮んでいた。

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