第37話 観測不能、見る者の限界

戦場の熱量が、一段階上がった。


それは爆発の規模でも、

魔法の派手さでもない。


学院全体の魔力密度が、明確に上昇していた。


生徒会の迎撃線では、上級生たちが限界まで力を引き出している。


第五階梯の連携魔法。

第六階梯の広域制圧。

教師陣も補助に入り、魔力供給が強引に維持されていた。


玲花は、まだ前線に立っている。


雷と氷を交互に叩き込み、

止まることなく敵を削る。


第六階梯雷迅

第六階梯雪時雨


その連続行使は、

学院内に“異常なリズム”を生み出していた。


(……上がってる)


静麻は、肌で感じていた。


魔力が、空気に溶けきらず、

学院全体に滞留している。


(玲花だけじゃない……

生徒会も、上級生も……

全員が、限界を越え始めてる)


上空の観測結界が、

不自然に明滅し始めた。


一瞬、遅れて光る。

次の瞬間、色が変わる。


処理が追いついていない。


――観測対象が、多すぎる。


静麻。

玲花。

学院全体。


それぞれが高位魔法を用い、

それぞれが異なる“質”の魔力を発している。


観測結界は本来、

一点集中の異常を捉えるための装置。


だが今は――

すべてを同時に観測しようとしていた。


その結果。


学院の外。


観測装置を管理する施設で、

警告音が連続して鳴り響く。


『魔力波形、同期不能!』

『記録欠損発生!』

『転送遅延、三秒――五秒――』


画面に映るデータが、

途切れ、歪み、飛ぶ。


数値が反転し、

波形がノイズに埋もれる。


「……何だ、これは」


観測員が呟く。


「対象が……定まらない……」


再び、学院内部。


静麻は、視界の端に“歪み”を捉えた。


そこにいた。


誰にも見えず、

誰にも干渉されない存在。


観察者。


「……これ以上は、正確に観られない」


その声は、静麻の耳にだけ届いた。


「お前が、という意味じゃない。

この戦場そのものが、だ」


静麻は、視線を動かさずに答える。


「……壊すつもりか」


「いいや」


観察者は否定した。


「壊せば、意味が残る。

今回は――意味ごと消す」


観察者が、指先をわずかに動かす。


ほんの一瞬。


世界が、ズレた。


観測結界の位相が、

“半拍”だけ遅れる。


それだけ。


破壊音も、閃光もない。


だが――

結界は、役割を果たせなくなった。


観測対象が、定まらない。


静麻を見れば、玲花が割り込む。

玲花を追えば、学院全体が重なる。


焦点が、合わない。


結果。


転送不能。

記録不能。


観測結界は存在している。

だが――

観測できない結界になった。


静麻は、その状態を理解した。


「……壊れたんじゃない」


静かに、確信を持って言う。


「“意味を失った”だけだ」


観察者は、微かに頷いた。


「正解だ」


そして、もう一言だけ残す。


「選ぶのは、これからだ」


次の瞬間、

観察者の姿は、どこにもなかった。


上空の結界は、まだそこにある。


だが、もう――

“見て”いない。


玲花は、前線で膝をつきかけながらも、

ふと顔を上げた。


(……?)


何かが、消えた。


圧迫感。

視線。

縛られていた感覚。


それが、薄れている。


静麻は、ゆっくりと息を吐いた。


(……終わったな)


観測は、もう機能していない。


残っているのは、

ただの戦場。


――そして、

静麻が“普通に戦える”場所だった。

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