第25話 三つ巴、歪む学院

学院に鳴り響く警報は、

もはや“注意”ではなく“警告”を通り越していた。


赤い光が廊下を染め、

生徒たちは避難区画へと押し込まれ、

教師陣は魔力障壁を強化しながら走り回る。


そのど真ん中で――

静麻はただ、深く息を吐いていた。


玲花は隣に立つ。

表情は強ばっているが、静麻から離れる気配はない。


「御影……学院、本当に……崩れかけてる」


「崩れるのは学院だけじゃない。

もっと根っこの方が揺れてる」


静麻の言葉は淡々としていたが、

玲花にはその奥に“分かりたくない真実”があるように聞こえた。


と、その瞬間。

天井近くの風が“逆に流れた”。


まるで空間の向こう側から吸われているような異様な動き。


玲花が息を呑む。


「この気配……前にも……」


静麻はゆっくりと視線を上げた。


天井の梁の上。

観察者が、まるでそこに最初からいたかのように立っていた。


表情は穏やか。

だが、その瞳は氷のように冷たい。


「ねぇ、御影静麻。

君が動いたから――歪みが進んだよ」


玲花の背筋が硬直する。


静麻は眉をひそめた。


「……お前、何をしにここに来た」


「観に来ただけだよ」


言い切る声音は淡く、しかし残酷なほど真っ直ぐだった。


「君が“気配”を漏らしたからね。

ルキフェルも、生徒会も、そして世界も……

少しずつ、君の方向へ傾き始めた」


玲花は震える。


災禍――

その単語が直接の説明がなくても、

胸の奥で拒絶と恐怖が混ざり合う感覚を呼び起こす。


観察者は続けた。


「三つの潮流が学院でぶつかるよ。

生徒会――秩序を保とうとする力。

ルキフェル――秩序を壊そうとする力。

そして僕たち“観測者”――

ただ事象を視て、必要な時だけ“形を整える力”。」


静麻は低く問うた。


「必要な時って、いつだ」


観察者は微笑む。


「君が壊れる時。

あるいは――世界が壊れる時」


玲花が息を呑む。


「壊れる……って……」


観察者は説明する気はない。ただ事実だけを置いていく。


「動き出したよ。

ルキフェルはレヴァンだけじゃない。

“次の手”がもう学院に入ってる。

生徒会はそれを知らずに動いている。

学院の中で、今まさに三つの潮流が絡み合って――」


言葉が消えた。


まるで、観察者自身が“それ以上言う必要がない”と判断したように。


静麻は観察者を睨む。


「……お前、本当に敵じゃないのか?」


観察者は肩をすくめる。


「敵じゃない。

でも味方でもない。

“結果の形”を見守るだけだよ」


そう言って、すっと空気の裂け目に紛れ込むように姿を消す。


玲花は呆然としたまま、静麻に寄り添うように問う。


「御影……いまの……どういうこと?

生徒会も、ルキフェルも、観察者も……

なんで全部があなたに向かってるの……?」


静麻は答えなかった。


目を閉じ、一度だけ息を吐く。


(……言えるかよ。

俺に災禍があるなんて)


同じ頃。

学院の地下通路では、生徒会長・茉莉が教師陣と急ぎ足で進んでいた。


魔力探知石が赤く脈動している。


「反応が三つ……?

これは……学院の北棟、屋上近く……!」


「ルキフェルがまた侵入を……?」


茉莉は苦い表情を浮かべた。


「違う。

ルキフェルの反応だけじゃない……

もう一つは、もっと……根源的な揺らぎ……?」


教師が青ざめた顔で叫ぶ。


「会長! この揺らぎは……もしかして……!」


茉莉は言葉を遮った。


「言わなくていい。

今、言葉にしてはいけない気がする」


その判断は正しかった。


言葉にすれば――

学院そのものがその意味を認識してしまうから。


さらにその奥。

学院の外縁部。


レヴァンは深紅のコートを翻しながら、

指先で学院の跡をなぞるように歩いていた。


「破壊の子……

気配を漏らすほど揺らいでいるか」


愉悦がにじむ声。


「次は、もっと深く踏み込んでやろう。

災禍の底を――覗き見るためにな」


風がその声をかき消す。


レヴァンもまた、学院へ再び戻る準備を整えていた。


三つの勢力が動き、

その中心には常に――御影静麻がいる。


学院はもはや、ただの学び舎ではなかった。


物語は、静かに「戦場」へと形を変え始めていた。

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