うたたねさんの目覚め

千崎 翔鶴

序 おやすみなさい、うたたねさん

 うたたねさん、うたたねさん。


 やわらかな声に、名前を呼ばれた気がした。

 けれど、はて、と考える。果たして自分の名前は本当に、その声が呼ぶ「うたたねさん」なんてものだろうか。


 うたたねさん、うたたねさん。

 まだ、眠っておいでよ。


 それはどこか、春の日差しに似ていた。

 まどろみの中へと誘うような、柔らかくあたたかな光にも似ていた。


 うたたねさん、うたたねさん。

 まだ、起きてはいけないよ。


 それはどこか、どこか――。

 さて、何に似ていたのだろうか。どこかで、確かに。


 うたたねさん、うたたねさん。

 これは君の見ている夢なのだよ。だから、目を覚ましてはいけないよ。


 これは、夢。

 春の桜も。夏の螢も。秋のもみじも。冬の椿も。

 ぐるりぐるりとめぐりめぐって、小車おぐるままわった。


 うたたねさん、うたたねさん。

 ねえ。


 あたたかな光は、消えてしまった。

 のどかな日々は終わりを迎えた。


 目を覚ましたら、世界が滅ぶよ。


 鈴の音が聞こえる。

 誰かが笑う声がする。


 ああ――そうだ。

 目を、覚まさなければ。

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