第41幕・Snowflake

 ――真っ逆さまに落ちていく。


(…風が…起こせない……飛べない…)


地上がどんどん近付いてくる。


失血からか意識は混濁し、視界には真っ白な靄がかかる。


…こんな時でも、空に浮かぶ雪の粒が…綺麗だ。



・ ・ ・



「――おい、大丈夫か!?」

…雪に埋め尽くされた斜面の上で、誰かがこちらに走ってくる。


「…大丈夫じゃねえ!男が1人、生き埋めに…!」


…壮大な光景だった。一点の汚れも無い、真っ白な波が…全てを覆い尽くさんと流れてきた。


「お父さん…お父さんっ…!」

「…来るな嬢ちゃん!この風の強さだ…また雪崩が来ても庇えねえぞ!」

髭の濃いおじさんが、私を追い払うようにして手を振っている。


「…ごめんなさい…私が…雪遊びしたいなんて言ったせいで…」

「もうすぐ救助隊が来る!後はそいつらに任せて避難しろ!早く!」


・ ・ ・


「――我々も死力を尽くしましたが…既に雪崩の発生から48時間経過し、生存の見込みはありません。我々は…救助活動を打ち切らせていただきます。」

山の麓で、救助隊の代表が深々と頭を下げている。


「ッふざけんな!この嬢ちゃんはどうなるんだよ…まだこんなに小さい子供が…父親を…」

…髭のおじさんは、代表の首元に掴みかかる。


「――っておい嬢ちゃん、何処行くんだ!?」


・ ・ ・


…雪山の急勾配を、止まる事なく走り続けた。この寒さの中でも、汗が滴る程に。


積雪を、必死で掘り返した。道具も無しに、この手ひとつで。

手袋はいつの間にかずぶ濡れになって、手の感覚は消え去っていた。


雪は止まない。

人の手でどれだけ抗おうと、自然はあっという間に爪痕さえも消し去ってしまう。


…雪の粒が、手の上に落ちた。

雲の中からここまで、粒は融けずに形を保っていたんだろう。

結晶の幾何学模様が、はっきりと目視てまきた。


「綺麗…。」


どうしてこんなに綺麗で…それでいて残酷なんだろう…。


無力感から滴り落ちた涙が、手の上の雪と混ざり合って、融かしていく。


「…お父さん……」






「 ――父親を…助けたいか? 」


…その時、背後から声がした。


「……誰…?」


振り向くと、そこに"彼"は立っていた。

お父さんの倍はありそうな背丈、冷え切った夜空と同化しそうな程に暗い色の肌、そして頭部の角と、翼のように突き出した骨…


…どう見ても人間ではなかった。

でも――


「 ――助けたいのならば、力に身を委ねろ。 」


 ――私は、彼に手を伸ばしていた。


…何か呟いた後、彼も手を伸ばした。優しく私の手に触れるように、ゆっくりと――



彼の指先で、摘まれた何かが光っていた。

紫色の真珠のような球体で、一帯を舞う雪の粒にも見劣りしない美しさがあった。


彼は、球体を私の手の中に落とした。

球体は私の手に、雪の粒が融けるように沈んでいく。

濡れた手袋をすり抜けて、消えていく――



次の瞬間、激しい目眩が私を襲った。

空と大地がひっくり返ったような、何処までも深く落っこちてしまいそうな浮遊感と、身体の芯から響き渡る鈍痛…。


…そんな中、倒れた私を包み込む積雪が…温かいと感じた。



「…手を、突き出してみろ。」


頭の中で、彼の声が響いた。

私は震える脚で立ち上がって、言われるがままに腕を伸ばした。


その直後、空気が渦を巻き、積雪を巻き上げ始めた。


やがて、渦は白い竜巻となって、ゆっくりと前へ進み始めた。



「――何これ…?これを…私が…?」

私は驚きのあまり不意に呟く。

そして彼と目を合わせた。


「それがお前の力…"魔力の種子"に…与えられし力だ。」

彼は表情一つ変えずにそう言った。


私の胸は喜びと希望で一杯になった。



「やった…この力があれば私はお父さんを…!」



「お父さんを………」



「…………」



「…"お父さん"って、誰だっけ……」




「 …私、何しようとしてたんだっけ… 」





「…忘れたのか?お前は――」



「 ――雪遊びが、したかったのだろう? 」



・ ・ ・



ヘイリーは気が付けば、積雪に沈み込むように寝転がっていた。


目線の先には白い空と、自身を目掛けて落下してくるインフィニティの姿。


「――魔王様はね…」


…ヘイリーは呟きながら、積雪の中から起き上がる。


「…私が願い・・を叶える為の力をくれた…。だから私は…魔王様に感謝してるし…一生傍に居たいと思ってる…なのに…!」

「…空間破壊ディメンション・ブレイク。」


インフィニティの右腕に再び、黒い光球が出現する。

ヘイリーは咄嗟に跳び上がり、後方へと身を躱す。


インフィニティは雪の中に、飛び込むように落下した。

弾けるように、積雪が舞い上がる。


「…貴女が来た所為で…全ての歯車が狂ってしまった…!私の立場も…未来も全部!!!

でも、よーく分かったわ…貴女は雪遊びの相手なんかじゃなくて…ただの脅威だって事が…!」


舞い上がった雪が降り注ぐ中、ヘイリーは捲し立てるように言った。


「――私達は、魔王様の傀儡に過ぎない。"傍に居たい"などという我欲で、魔王様の合理的な判断を否定するような傀儡は…要らない。」

インフィニティは、ヘイリーの剣幕に一切怯まずに答える。


「…黙れ!!! ぽっと出のお前に何が分かる!!!」



ヘイリーは、残された右腕を前へと突き出した。



「――これから、私の持つ力の全てを使って貴女を殺す。

私も無事では済まないけど…構わない。

…貴女に四大魔人の席は…渡さない…!!!」



地上に立つヘイリーを中心に、雲が渦を巻き始める。

渦は何処までも拡がっていき、終いには目視出来る全て――空の果てまでを埋め尽くす。


木々の葉が、枝が揺さぶられるように靡く。

落ちた無数の葉が、雨のように降り注ぐ。



「 審判の絶対零度ジャッジメント・オブ・アブソリュートゼロ!!! 」


ヘイリーの声が、風の中に響いた。



・ ・ ・



…マワリさんと別れた僕は、リカブさんが入院している病院に向かっていた。


無限回廊の外に出ると、ここに来る最中に見た街の惨状が、違った角度で目に映った。


夜が近いからか、空気は冷え込んでいる。


…僕はマワリさんの言葉を何度も反芻しながら、廃れた街道を歩いていく。



(「あの娘は私の…最後の希望なんです…!」)

…さっきの所長さんの言葉が、僕の中でフラッシュバックする。


あの・・時僕は、9万職員さんに手を伸ばした。

でも、手が届かなかった。


その事を思い出した瞬間、胸が罪悪感と無力感に締め付けられる。


…僕は立ち止まって、その場にしゃがみ込む。


「――ごめんなさい…ごめっ…ごめんなさいっ…!」


所長さんの悲しそうな顔が、頭にこびり付いて離れない。

気が付けば僕は、誰も居ない道の上で、謝罪の言葉を何度も口にしていた。




…その時、首筋に何か冷たい物が当たった。

僕は驚いて顔を上げる。




「 ……雪……? 」






【世界歴1835年9月25日17時47分】



「…もうすぐ日が沈む…クソっ、まだ電気は復旧しないのか…!?」

「頼れるのは…星の光しかないのね。」


「…暗闇に乗じた強盗が出るかも知れない。金品と食糧は隠しておいた方が良さそうだな…。」

「ねえあなた…外……」


「嘘だろ…?こんな時に雪まで降ってきやがった…!」



【サーバリアン王国内23都市にて、急激な気温の低下及び降雪を確認】



「暗闇の上に雪だと…?クソが…!自然まで救助の邪魔しやがって…!」

「上着を調達してくる!救助活動は断行するぞ…!まだ瓦礫の下に10人は居るんだ…!」


「モンスター共…集合住宅を攻撃するなんて、非道な真似しやがって…!」



【例年より大幅に早い降雪を、国家連合は異常気象に認定】



To Be Continued

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