第13話 温泉旅行とアリアの誓い

翌日。

俺はアリアへのプレゼントについて、頭を悩ませていた。

最初は「王都への旅行」も考えたが、時期尚早だと思い直した。


(王都に行けば、間違いなく奴隷市場を覗きたくなる。でも、まだ建設中の拠点(宿舎)が完成していない。今、良い人材を大量に見つけても住まわせる場所がないんだ)


人材発掘は、受け入れ態勢が整ってから。

今の目的は、あくまでアリアへの慰労だ。

物は十分与えている。なら、形に残らない「思い出」がいい。


「……そうだ、温泉に行こう」


この国の貴族の間では、湯治はポピュラーな保養だ。

隣の男爵領には、風光明媚な温泉地があると聞く。


俺は早速、父上の執務室へ向かった。


「父上! 戦争の疲れを癒やすために、みんなで温泉に行きませんか?」

「温泉か……。ふむ、悪くないな」


父上は顎を撫でながら頷いた。

「先の遠征で、私も兵たちも気を張っていたからな。勝利の祝いと骨休めを兼ねて、家族で行くとするか」

「ありがとうございます! あ、ガドンやリーナ、アリアも一緒でいいですか?」

「もちろんだ。お前たちの進化祝いでもあるからな」


「それと、今回はガドンも『お客さん』として連れて行ってあげてください。いつも運転ばかりじゃ可哀想なので」

「ああ、そうだな。ガドンも功労者だ。今回は別の者に御者をやって貰おう」


こうして、エヴァンス家御一行の温泉旅行が決定した。



数日後。

俺たちは大型の馬車2台を連ねて、隣の男爵領にある温泉街を訪れていた。


1台目の馬車には、父上、母上、そして兄二人が乗っている。

そして2台目の馬車には、俺、リーナ、アリア、そしてガドンが乗っていた。


「……落ち着きませんな」

ふかふかのシートに座ったガドンが、居心地悪そうに身体を揺する。

いつもなら御者席に座っている彼にとって、客席は慣れない場所らしい。


「いいんだよガドン。今日はのんびりしてってば」

「そうですよ。たまには景色を楽しんでください」

俺とリーナが笑いかけると、ガドンは照れくさそうに頭をかいた。


「わぁ……! リオン様、見て見て! お山がいっぱいだよ!」

窓に張り付いているのはアリアだ。

今日は訓練もないので、年相応の無邪気な笑顔を見せている。

「アリア、あんまり乗り出すと危ないよ」

「うん! でも、すっごくきれいだもん!」


農村出身で、その後すぐに奴隷になった彼女にとって、こうした遠出は別世界の出来事なのだろう。

俺たちは賑やかな馬車の旅を楽しんだ。


   ◇


宿泊するのは、父上が貸し切った高級旅館。

到着するなり、硫黄の香りと湯けむりが俺たちを出迎えた。


まずは男湯。

広々とした岩風呂で、父上が手足を伸ばして呻くような声を上げた。

湯船には俺と父上、兄二人、そして少し離れてガドンが浸かっている。

ガドンは最初、背中を流そうとしたり給仕をしようとしたが、父上に「今日は無礼講だ」と叱られて、ようやく肩までお湯に浸かった。


「それにしても、リオンたちは凄いな」

長兄のレナードが、俺の背中を流しながらしみじみと言った。

「俺たちも必死に稽古してるけど、お前たちの成長速度には追いつけそうにないよ」

「そうだな。悔しいけど、認めざるを得ない」

次兄のバルガスも苦笑する。


少し前までなら嫉妬していたかもしれない。

だが、先日の進化報告を見て、兄たちは「弟は別格だ」と割り切ったようだ。むしろ、誇らしげですらある。


「兄上たちだって、前よりずっと強くなってるよ。僕が保証する」

「はは、中位職様に保証されると自信がつくな」


男たちの笑い声が、湯気の中に響いた。


   ◇


一方、女湯。

ここには母上、リーナ、アリアの三人が入っていた。


「わぁ〜! お風呂がおっきいよー!」

アリアは服を脱ぐと、躊躇することなく浴室へ駆け込んでいった。


「ふふ、元気ねぇアリアちゃんは」

「気をつけてね、走ると滑りますよ」

母上(セシリア)とリーナが微笑ましそうに見守る。


「あったか〜い……」

アリアは肩までお湯に浸かり、ほうっと息を吐いた。

隣では、リーナが「火属性の私には、この熱さが心地よいです!」と長湯を決め込んでいる。

湯船の中で、アリアは頬を緩めた。

奴隷の自分が、伯爵夫人と同じお湯に浸かり、家族のように笑い合っている。

それが何よりも嬉しかった。


   ◇


風呂上がり。

浴衣に着替えた俺たちは、大広間で豪華な夕食を楽しんだ。

アリアの皿には、彼女の好物が山盛りにされている。


食後、縁側で涼んでいると、アリアが隣に座った。

その顔は温泉の効果でほんのりと桜色に染まり、リラックスしきっている。


「リオン様! 今日はありがと!」

「楽しかった?」

「うん! こんなに幸せなの、産まれて初めてだよ!」


アリアは夜空を見上げながら、噛み締めるように言った。

「わたし、もっともっと強くなるね。リオン様に貰ったこの幸せ、わたしが守るんだもん!」


その横顔を見て、俺はこの旅行をプレゼントにして正解だったと確信した。

金貨や宝石よりも、彼女が欲しかったのは「家族の温かさ」だったのかもしれない。


「期待してるよ、アリア」


こうして、俺たちの短い休暇は、心身ともに充実したものとなった。

明日からはまた、最強軍団作りへの道が始まる。

だが今日だけは、ただの子供に戻って、温泉卓球(に似た遊戯)に興じるのだった。

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