第13話 温泉旅行とアリアの誓い
翌日。
俺はアリアへのプレゼントについて、頭を悩ませていた。
最初は「王都への旅行」も考えたが、時期尚早だと思い直した。
(王都に行けば、間違いなく奴隷市場を覗きたくなる。でも、まだ建設中の拠点(宿舎)が完成していない。今、良い人材を大量に見つけても住まわせる場所がないんだ)
人材発掘は、受け入れ態勢が整ってから。
今の目的は、あくまでアリアへの慰労だ。
物は十分与えている。なら、形に残らない「思い出」がいい。
「……そうだ、温泉に行こう」
この国の貴族の間では、湯治はポピュラーな保養だ。
隣の男爵領には、風光明媚な温泉地があると聞く。
俺は早速、父上の執務室へ向かった。
「父上! 戦争の疲れを癒やすために、みんなで温泉に行きませんか?」
「温泉か……。ふむ、悪くないな」
父上は顎を撫でながら頷いた。
「先の遠征で、私も兵たちも気を張っていたからな。勝利の祝いと骨休めを兼ねて、家族で行くとするか」
「ありがとうございます! あ、ガドンやリーナ、アリアも一緒でいいですか?」
「もちろんだ。お前たちの進化祝いでもあるからな」
「それと、今回はガドンも『お客さん』として連れて行ってあげてください。いつも運転ばかりじゃ可哀想なので」
「ああ、そうだな。ガドンも功労者だ。今回は別の者に御者をやって貰おう」
こうして、エヴァンス家御一行の温泉旅行が決定した。
◇
数日後。
俺たちは大型の馬車2台を連ねて、隣の男爵領にある温泉街を訪れていた。
1台目の馬車には、父上、母上、そして兄二人が乗っている。
そして2台目の馬車には、俺、リーナ、アリア、そしてガドンが乗っていた。
「……落ち着きませんな」
ふかふかのシートに座ったガドンが、居心地悪そうに身体を揺する。
いつもなら御者席に座っている彼にとって、客席は慣れない場所らしい。
「いいんだよガドン。今日はのんびりしてってば」
「そうですよ。たまには景色を楽しんでください」
俺とリーナが笑いかけると、ガドンは照れくさそうに頭をかいた。
「わぁ……! リオン様、見て見て! お山がいっぱいだよ!」
窓に張り付いているのはアリアだ。
今日は訓練もないので、年相応の無邪気な笑顔を見せている。
「アリア、あんまり乗り出すと危ないよ」
「うん! でも、すっごくきれいだもん!」
農村出身で、その後すぐに奴隷になった彼女にとって、こうした遠出は別世界の出来事なのだろう。
俺たちは賑やかな馬車の旅を楽しんだ。
◇
宿泊するのは、父上が貸し切った高級旅館。
到着するなり、硫黄の香りと湯けむりが俺たちを出迎えた。
まずは男湯。
広々とした岩風呂で、父上が手足を伸ばして呻くような声を上げた。
湯船には俺と父上、兄二人、そして少し離れてガドンが浸かっている。
ガドンは最初、背中を流そうとしたり給仕をしようとしたが、父上に「今日は無礼講だ」と叱られて、ようやく肩までお湯に浸かった。
「それにしても、リオンたちは凄いな」
長兄のレナードが、俺の背中を流しながらしみじみと言った。
「俺たちも必死に稽古してるけど、お前たちの成長速度には追いつけそうにないよ」
「そうだな。悔しいけど、認めざるを得ない」
次兄のバルガスも苦笑する。
少し前までなら嫉妬していたかもしれない。
だが、先日の進化報告を見て、兄たちは「弟は別格だ」と割り切ったようだ。むしろ、誇らしげですらある。
「兄上たちだって、前よりずっと強くなってるよ。僕が保証する」
「はは、中位職様に保証されると自信がつくな」
男たちの笑い声が、湯気の中に響いた。
◇
一方、女湯。
ここには母上、リーナ、アリアの三人が入っていた。
「わぁ〜! お風呂がおっきいよー!」
アリアは服を脱ぐと、躊躇することなく浴室へ駆け込んでいった。
「ふふ、元気ねぇアリアちゃんは」
「気をつけてね、走ると滑りますよ」
母上(セシリア)とリーナが微笑ましそうに見守る。
「あったか〜い……」
アリアは肩までお湯に浸かり、ほうっと息を吐いた。
隣では、リーナが「火属性の私には、この熱さが心地よいです!」と長湯を決め込んでいる。
湯船の中で、アリアは頬を緩めた。
奴隷の自分が、伯爵夫人と同じお湯に浸かり、家族のように笑い合っている。
それが何よりも嬉しかった。
◇
風呂上がり。
浴衣に着替えた俺たちは、大広間で豪華な夕食を楽しんだ。
アリアの皿には、彼女の好物が山盛りにされている。
食後、縁側で涼んでいると、アリアが隣に座った。
その顔は温泉の効果でほんのりと桜色に染まり、リラックスしきっている。
「リオン様! 今日はありがと!」
「楽しかった?」
「うん! こんなに幸せなの、産まれて初めてだよ!」
アリアは夜空を見上げながら、噛み締めるように言った。
「わたし、もっともっと強くなるね。リオン様に貰ったこの幸せ、わたしが守るんだもん!」
その横顔を見て、俺はこの旅行をプレゼントにして正解だったと確信した。
金貨や宝石よりも、彼女が欲しかったのは「家族の温かさ」だったのかもしれない。
「期待してるよ、アリア」
こうして、俺たちの短い休暇は、心身ともに充実したものとなった。
明日からはまた、最強軍団作りへの道が始まる。
だが今日だけは、ただの子供に戻って、温泉卓球(に似た遊戯)に興じるのだった。
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