第3話 天族の姫、空へ降りる決意
翼が風を裂くたびに、高度はゆるやかに下がっていく。
白金色の羽は陽光を反射し、雲海の上に淡い軌跡を描いた。
空の旅には孤独がつきまとう。
どれだけ広く、どれだけ美しく見えても、飛んでいるのは自分ひとりだけだと、風が告げてくるようだった。
(本当に……私は正しい道を選べているのかしら)
少女――エルーは、自らの胸に問い続けていた。
彼女の心は重く、そして痛み続けている。
わずか数日前。
天族の王であり、エルーの父であるクラウディオ王が暗殺された。
堂々たる体躯、優しさと強さが同居した人物で、天族のみならず多くの地族たちからも尊敬を集めていた。その王が、王宮の自室で血に倒れていた。
争った形跡もない。侵入者の痕跡もない。
まるで、誰にも悟られぬように、静かに命を奪われていた。
天族の社会において、王は絶対的な存在だ。
その王を失うということは、国の根幹が崩れるということ。
案の定、王都は瞬く間に混乱に包まれた。
「王が殺された……?」
「犯人は誰だ、どこの派閥だ!」
「また戦乱が起きるぞ……天族同士で争うのか?」
天族は誇り高い種族であり、同時に脆い種族でもあった。
一度疑いが生まれれば、それは憎悪へと変わり、あっという間に争いへと発展する。
父の遺体の前で、エルーは震える手を握りしめた。
王宮の長老たちからは「国を離れるな」「静かにしていろ」と言われたが、彼女は耳を貸さなかった。
(こんな時に黙っていられるわけがない……!
父上が残した国を守らなきゃいけないのに……!)
彼女は夜、ひそかに父の書斎に入り、膨大な書物の中からある古文書を見つけた。
■ 父王が遺した「三種の神器」の記録
古文書は黄ばんでおり、紙は劣化し、触れただけで破れそうだった。
しかし、その内容はエルーの心を強く打った。
『三種の神器――勾玉、剣、鏡。
これらは地族が古に作りし力の結晶であり、天族の天力を封じ、あるいは増幅させる力を持つ。
争いを止める鍵はそこにある。
必ずや、世界を救う刃となる』
父の筆跡だった。
(父上は……神器を探していたの?
なぜ? どんな危機が迫っていたの……?)
続く記述にはこうあった。
『勾玉は、空島アルマに眠る。
地族の反抗者が最後に隠したものだとされる。
だが、それが真実であるかは確証がない。』
エルーの心は震えた。
空島アルマ――地族が隔離されている、忘れ去られた島だ。
(そこに……神器が?)
真偽はわからない。
だが、何もしなければ戦争は止められない。
エルーは決意した。
(私が……探すしかない)
■ 天族の過去――そして罪
エルーは幼い頃から天族の歴史を学んでいた。
天族は空を飛び、天力によって自然を操ることができる高貴な種族だ。しかし、その力ゆえに傲慢になり、争いの火種を自ら撒いてきた。
四百年前。
地族が反乱を起こしたのは、天族の支配があまりに苛烈だったためだと、古い記録に残っている。
天族は戦争を短期間で制圧し、勝利した。
そして、反抗した地族を空島へ追放した。
――エルーはその処置にずっと疑問を持っていた。
(どうして……地族は苦しんでいるのに誰も助けないの?
戦争は終わったのに……なぜ、許し合おうとしなかったの?)
だが、それは王族であっても口にしてはならないことだった。
天族は誇り高い。
過去の過ちを認めるということは、天族であることを否定するに等しいとされていた。
だからこそ、エルーは密かに学んだ。
地族の歴史、天族側の偏った記録の裏に隠れた真実――
本当に悪かったのは誰か、ではなく、どの時代も互いの恐れと傲慢が争いを生んできたこと。
(私は……争いを終わらせたい。
憎しみを繰り返すのではなく、本当にこの世界を変えたい)
これが、彼女の願いだった。
■ 王都を離れる決断
神器を探すことが禁じられているわけではない。
しかし、王族が単身で動くことは許されない。
今の王都には敵も味方も混在している。
誰が自分に刃を向けてくるかわからない。
暗闇を抜けるように、彼女は思った。
(今、私が王宮にいても何もできない……!
ならば動くしかない。神器を見つけ、戦乱を止める力を手に入れれば……!)
夜明け前。
エルーは王宮裏門から空へ飛び立った。
風は冷たく、背中を押すようだった。
王都の光が遠ざかっていく。
「父上……どうか、私を見守っていてください」
彼女は一度だけ振り返った。
その目には涙はなかった。ただ、決意だけがあった。
■ 空島アルマへ向かう空の旅
空の旅路は孤独だった。
雲海の上は静かで、ただ風だけが耳元で鳴る。
エルーは飛びながら考え続けた。
(勾玉が本当にアルマ島にあるのか……?
もし嘘だったら……私はどうすればいいの?
神器の力で戦乱を止められると、どうして父上は信じたの……?)
疑問は尽きなかった。
だが、不安よりも希望の方が強かった。
(もし本当に神器があるなら……!
それを見つければ……天族だけじゃない、地上の人々も救えるかもしれない)
空の果てに、小さな影が見えた。
浮遊島――アルマ。
重たい歴史を背負いながらも、静かに空に浮かび続ける島。
(ここに……勾玉が眠っている……?)
エルーは翼をたたみ、ゆるやかに降下を始めた。
村の姿が見えてくる。
地族たちは怯えたように家へと駆け込み、窓から彼女を凝視していた。
(やっぱり……怖がられるわよね。
四百年もの間、天族はこの島に恐怖しか与えてこなかったのだから……)
胸が痛んだ。
「でも、私は違う。あなたたちを脅すために来たんじゃない……」
そのとき、ただひとり逃げずに立っている少年の姿が目に入った。
黒髪を風に揺らし、まっすぐこちらを見つめる瞳。
恐れよりも――好奇心。
そして、どこか外の世界に憧れる光。
(あの子……)
エルーと少年の視線が交わった。
風が止まり、音が消え、ただ二人の間だけに静かな時間が流れた。
「――あなた、この島の人ですね?」
エルーは声をかけた。
その瞬間、彼女は確信した。
(この出会いは……偶然じゃない。
私をここへ導いた力があるのなら、その答えはこの少年の中にある)
そして――
この少年こそが、自分の運命を大きく変える存在であることを、まだ知らなかった。
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