夜猫屋

tokky

Series 其の壱 自己紹介

 まずは自己紹介からしよう。

 自己紹介など、この電脳世界で、意味があるのか不明であるが、ここの世界サイトの倫理では必要不可欠である故、私の話をしようと思う。

 夜猫屋とでも呼んで欲しい。

 名前が必要であれば、つけてくれて良い。しかし屋号だと思ってくれ。

ハンドルでも良い。

 とにかく私は夜猫屋以外の何者でもない。骨董品・夜猫屋だ。


 私の店の中を紹介したい。

 裏通りの細道にはガラクタが積み上げられ、目立たぬ看板がひっそりと掛かっている。再生硝子の向こうには小物が所狭しと並んでいる。

 日の当たらない北向きの高窓、夏は蘭の咲く温室、冬は蘭の肥料が備蓄されている物置がある。

 あかり射すときは無人であり、別珍のソファーは来客を待っている。

疲れて重くなった手足を投げ出した人は、がたついたクレセント錠を押し上げることも忘れ、ただ宙を凝視している。暗闇をも畏れずに。


 目が慣れてきたのか、うすぼんやりと彩りを感じる。それが私の隻眼だ。

 漆黒の闇に溶ける毛並み。二日月のように細められた瞳。銀の取っ手かと見まがう光は、「私そのもの」であり、あなた方の感性に行間を付けたもの。


 ああ、望月が窓から昇ってきた。僅かに赤みのかかった鬱金うこん色が。二日月の瞳、もしくは白銀の取っ手は次第に形を整える。すると墨染すみぞめの毛並みは隠れて、部屋の気配が妙にしっかりしてくる。


 藍染あいぞめの空に輝くものと夜猫屋は対極にある。長月の露に惹かれて、サッシを押し開けると、都会から吹いてくる熱風も、ようやく吐息を控えめにして、コンクリートの割れ目から、白練しろねりの百合が気配におののいている。むせるような香り。


 私は黒い翼の熾天使セラフィムとなり飛び立つ。あらゆる暗やみのなかを自在に往く。夜猫屋の商品を仕入れるのである。骨董品屋の中に存在する「みずうみ」を自由に行く。「大いなるもの」の力で。


 あるとき、十七歳の少年が父親を刺した。蒸した夜であった。腹部に刺さったサバイバルナイフの柄を握りしめた瞬間の、彼の爆発を黒い羽で包み込む。すると、彼のなかで、やるせなく解き放たれた怒りが、私の商品になる。


 怒りを喪失した少年は何を思っているのか。後悔。保身。蘇ってくる父親への思慕。憎しみ。そして放心。おおわれていたこれまでの己が戻ってくる。

 どうしていいかわからない!

 わたしは少年の「手助け」をする。罪の意識が消えるように。


 父親は虫の息で、刃を抜いた瞬間に、鮮血が噴き出すだろう。返り血が、少年のきめ細やかな肌にまだらの模様をつけてはじける。この場にあるのは彼の心の静寂と、死、つまり無である。確実にしっかりと、その不幸を授ける。

 大丈夫、これは私の仕業だ。

 全ては私が仕立てる。


 あとからやってくるに違いない喧噪に、私は興味を持たない。ひとりの人間が「無」という肉塊になる。「無」という「永遠」を、少年はつかむことができない。 『心のままに』放たれた『闇』こそ、私の一番のご馳走である。

 

 このようにして集められた、ありとあらゆる刹那の爆発たちが、夜猫屋には陳列されて、商売にいそしんでいる。……そろそろ開店の時間だ。お客様はあなた方。

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