第3話 サドガシマへ出撃

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 2026年5月下旬。ウラジオストックの平均気温は13〜15℃である。晴天時の昼間は22〜24℃まで上がる日も多いが、夜はまだまだ冷え込む気候である。ロシア軍がこれから侵攻に向かう佐渡ヶ島の平均気温は17.5〜19℃だ。日本海を挟んでウラジオと佐渡ヶ島は直線距離で800キロ弱しか離れていないが、佐渡ヶ島は温暖だ。


 ウラジオストック国際空港の南西14キロのところにツェントラーナヤ・ウグロヴァヤ空軍基地がある。MiG-31BM迎撃戦闘機、多目的戦闘機Su-30CM、Su-35などが米軍、人民解放軍の航空戦力へのスクランブルのために待機している。今、エレーナ少佐、アデルマン大尉、アナスタシア少尉たちが待機している場所だ。三人は基地の航空機格納庫に来ていた。 


「大尉、これはなんです?このずん胴のハリボテの飛行機は?」と少尉が聞く。

「アニー、これは改造型イリューシン-32だ。初飛行は1948年だ」

「ええ?ほぼ80年前ですよ!」

「さすがに80年前の機体じゃない」

「プロペラもエンジンもありませんよ?」

「グライダーだから当たり前だ」

「これを……嫌な予感がしてきたぞ」

「嫌な予感?輸送機でウラジオから曳航してもらい、滑空して佐渡上空から我々はパラシュートで螺旋降下する」

「ああ、私、高所恐怖症なんで……」

「前回の降下訓練でA級だったではないか?」

「これ、鉄の棺桶っぽいのですけど?」

「鉄?そもそも鉄なんか使ってない。昔は木製だったが、今は、カーボン繊維とグラスファイバー製だ。デジタル化もステルス処理も施してある」

「任務を辞退できませんよね?」

「敵前逃亡で軍法会議、銃殺刑だな」

「イヤだなあ……」

「アニー、なんなら小官が背負って降下してやってもいいぞ?」

「そんな、親亀子亀じゃあるまいし」


「大尉、積載人数と重量は?」とエレーナ少佐。


「兵員60名、或いは、貨物7トンであります。巡航速度300キロ、巡航最大高度4,000メートル。4機準備してあります。我が方の部隊、女性兵士二百四十名を選抜、この戦力で、佐渡分屯基地、2つのレーダーサイトの自衛隊を制圧いたします。予想自衛隊兵力80名。無害な亜酸化窒素、笑気ガスを隊舎の給気ダクトから注入、無血制圧を試みます」


「あら、男性兵士を連れて行かないの?」とエレーナ。

「こんな自衛隊の分屯基地とレーダーサイトの制圧作戦など、我が女性兵士で十分であります、少佐。そうだな?アナスタシア少尉?」


「着地した後は大丈夫、お任せ下さい。飛行中と降下中は運を天に任すのみ、であります。大尉、自衛隊のアクティブレーダーに補足されませんか?」


「我が方のレーダーで試したところ、この機体は十分ステルス性を保っていた。それにだ、憲法9条の日本なんだから、専守防衛、先制攻撃される心配はない。侵攻後も日本国政府は、ああでもない、こうでもないと決定が遅れるはずだ。国民世論も非戦とか言うだろう。初戦で攻撃を受けることはたぶんないよ。それに北海道なら強大な旭川連隊相手だが、佐渡ヶ島は、航空自衛隊の通信監視要員の陸上部隊しか駐在していない離島だ。それもレーダー基地だ。問題はない」と大尉。


「う~ん、まあ、いけそうってことですね?」気乗りしない様子でアニーが聞いた。

「この制圧作戦は私が指揮する。心配しないでよろしい」と胸を張るアデルマン大尉。


「大尉、本隊の揚陸は?」とエレーナが大尉に聞いた。

「ハ!強襲揚陸艦2隻、ポモルニク型エアクッション揚陸艦17隻で揚陸いたします。スカッド、S-400他の戦備もすべて積載」

「そっちの指揮はウラジミール中佐だな。じゃあ、制圧作戦部隊を集めて、作戦概要を説明しよう」

「了解しました。20分後、作戦会議室です」

「了解。では、20分後に」


 アデルマン大尉はイリューシン-32のタイヤを蹴った。ガス圧を確認させておかないといかんな。フラップもグリースアップさせておかないと、とブツブツ言っている。アナスタシア少尉は、大股で歩く大尉の後をチョコチョコとついて回りながら、「大尉、作戦会議室に隊員を集合させておきます」と言った。 


「ああ、頼む」

「だけど、気乗りしないなあ」

「グライダーが嫌いなのか?」

「プロペラかエンジンがついていれば好きになるかも」

「それはグライダーとは言わない。単なる飛行機だ!グライダーもジェット気流に乗れば落ちないよ」

「今回は危険任務ですね」

「ウクライナよりも安全だよ」

「向かうのが平和国家日本ですからね。でも……」 


「でも?」

「戦争には変わりないんで、死ぬかもしれませんね?」

「ないとは言えないな」

「そうですよね……じゃあ、大尉?」

「なんだ?」

「死んじゃうかもしれないんで、今晩も大尉のベッドに行っていいですか?」

「バカ野郎!アニー!お前の得意な男性兵士のところにでも行け!」


「今回は、女性ばっかりの部隊ですもん。だから、私は大尉の元に行きます」

「拒否する!」

「昨日の夜はあんなに喜んでくださったのに……」

「あれは、お前に強姦されたも同然だ!」

「強姦だなんてひどい!せめて、和姦と言って欲しい……」


「うるさい!さっさと隊員を作戦会議室に集合させるんだ!」

「了解であります……では、大尉、今晩もですよ」

「貴様、喉を掻き切って殺す!」

「おお、怖い、であります。では!」



 エレーナ少佐が、降下制圧任務につく二百四十名の女性兵士に任務詳細をブリーフィングした。プロジェクターで自衛隊基地、捕虜を収容する学校、発電所がマークされ、ミサイルなどの戦備がプロットされた地図が壁面に大写しになっている。


「……強襲揚陸艦、ポモルニク型エアクッション揚陸艦が我々の戦備と残りの部隊を輸送してくる。残り七百六十名の女性兵士も艦に乗ってくる。佐渡ヶ島制圧後は、各学校に諸君は配置、日本人収容者の保護監視にあたる。校庭に収容者、諸君のテントを設営、入浴施設を設置するように。日本人は風呂好きだからな」


「さて、諸君にも知らされているように、今回の作戦は不規則である。私も正直、その意図を理解できないでいる。東部軍管区参謀本部からの指示で、収容者の監視にあたる女性兵士は全員丸腰、日本人との交流は非番の時は自由。結婚も許す、軍規違反にも問われない。結婚する場合、除隊するも自由とのことである」


「諸君らには、各学校に配備後、一日睡眠を含む16時間の勤務と8時間の非番を与える。非番のものは……アナスタシア少尉、こちらに来てくれ……少尉がつけているこの」と肩章に結び付けられたピンクのリボンを指し示した。「リボンを付けるように。収容者には、このリボンを付けた兵士とは交流を許す旨、通告する」


「しかしながら、これは強制ではない。諸君の自由意志によるものだ。拒否するのも自由である。また、何人とも交流してよろしい。交流には、占拠した校舎内に寝具とシャワー施設を準備するので、そこを使うように。非番でないものが交流したり、行き過ぎた行為をした者は、アデルマン大尉が監視しているので注意するように。ま、行き過ぎた、というのは収容者への暴力行為とか公衆の面前で大っぴらに、え~、あの行為するということなので、それを注意すればよろしいだけだ。アデルマン大尉、あまり厳しく取り締まらないように。私からは以上、質問は?」


「ジトコ少佐、では、私から質問したく」とアニーが手をあげた。

「少尉、なんだね?」

「非番の時の日本人との交流は自由とは、彼らとの性行為も含まれるのでありますか?」

「その通りだ」

「何人とでも、ですか?」


「私とアデルマン大尉の相手以外、誰とでも何人でも自由である。両津中学校以外の学校の指揮官も同じようなことが発生すると思う。私と大尉の相手は後で教える。むろん、私と大尉も強制ではないので、付き合うも付き合わないも本人の自由意志による」


「了解であります」

「少尉、舌なめずりしないように。大尉が見張っているからな」

「わかりました。アデルマン大尉、お手柔らかに」

「……」


「少佐、それから、結婚して除隊処置と言われましたが?」


「そうだ。相手が承諾して、結婚を望むなら、既に、諸君の婚姻手続きの必要書類は日本語に翻訳して準備してある。結婚する場合、日本の永住権取得、或いは、日本国籍変更は、諸君と相手の自由である。連邦軍はいかなる干渉もしない。罰則適用もない。佐渡市役所に婚姻届を提出後、除隊を望むものはそれを許す。結婚しても軍に残りたい者はそれも許す。日本人の相手がどうかは知らないが」


「そうするとですよ、少佐、日本国政府が許すなら、日本国内の行動の自由も?」

「日本の行政・警察組織や自衛隊が諸君の身上調査をもちろんすると思う。だが、ロシア連邦と違う。民主主義の平和国家日本だ。秘密警察もない。人権は保証されている。身上調査が終われば、諸君には完全なる自由が与えられるだろう」


「少佐、秋葉原に行ったり、ディズニーランドに行ったりできるんですか?」

「日本ではどこに行くのも、何を主張するのも自由だ。国会議事堂の前で日本国首相の高市早苗を罵倒しても自由だ。名誉毀損罪は適用されるがね。諸君の中に18才未満はいないが、日本では国籍があれば18才から選挙権が与えられる。嘘偽りのない選挙である。ロシアもそう願いたいが……さて、忠告しておくが、これらメリットがあるが、愛の無い結婚はしない方がよろしい。長続きしないと考える。愛の無い性行為は自由であるがね。わかったかね?少尉」


「最後の『愛の無い性行為』はわかりませんわ。私はそんな行為、したことありませんもの」

「ノーコメントだ、少尉」

「了解です。以上であります」


 解散後、大尉が少佐の執務室に行こうとすると、少尉が袖を引っ張って「大尉、相手、決められちゃったんですか?」と聞いた。 


「相手かどうか、そんなもの知らん。ただ、選択権はない。その相手とどうするかは、私の自由意志だ」

「どうするかって、大尉、男性相手にアレをどうするか、ご存知なんですか?」

「……知らない……」


「それは問題だ!」

「何が問題なんだ!少佐は『力を抜いていれば、相手が勝手にやってくれるわよ』と言っていたぞ!」

「それはね、『マグロ』って言うんですよ。気持ちよくもなんともないです。私が気持ちよくなるやり方を教えて差し上げましょうか?」

「アニー、貴様は女だぞ!」

「だからぁ、相手の男性とのアレをですね、大尉がどうされたらいいのか、お教えできますよ」

「教えなくてよろしい」

「聞きたいくせにぃ~」

「貴様、私のナイフに血を吸わせたいのか?」

「イイエェ~、大尉のためを思ってでありますよ」

「余計なことを」


「あ!そうだ!少佐に日本のエッチなビデオ借りてきますね」

「そんなものは見たくない!」

「あら?いつも鼻をヒクヒクさせて見てるくせに」

「私はそんなことはしていない」

「やせ我慢しちゃって。じゃあですね、今晩は、二人でビデオ鑑賞をして、実習をしましょうね?」

「うるさい!ほっといてくれ!」

「ああ、見たい、したい、ってことですね?」

「少尉、あっちに行け!私は少佐と打合せがある」

「ハイハイ、今晩ですよ」

「……」

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