第4話
「静かだなと思って見に来たんだが……何してんの、お前」
グランドピアノの下で丸まって耳を塞ぐ僕の姿を、田宮は呆れたように見下ろした。
「いや……その……なんか、いたたまれなくて」
のっそりと這い出し、立ち上がろうとしたところでゴチンと鍵盤の下に頭をぶつけた。
「こら、馬鹿。お前、自分の体の大きさ考えろ」
笑いながら、ぶつけた僕の頭を撫でようとする田宮に「余計なお世話」と言い返したが、しかし頭は痛い。非常に、痛い。
「先生」
「あん?」
「『あん?』って……ガラ悪。あのさぁ、今来てたの、芳川でしょ」
「……ああ、同じクラスか、お前」
「芳川のチョコ、なんで受け取ってやんなかったの」
「なんでって、だって俺、好きな人いるもん」
「他の女の子のは貰ってたじゃんか。なんで芳川だけ……可哀想じゃん。せめて、受験が終わるまで──」
「だって芳川、本気の顔してるんだもん。本気じゃない奴はいいの。でも正面からぶつけて来られちゃったら、そんなの正面から返さないとダメだろ」
田宮の静かな声に、僕はカッと耳が熱くなった。
最悪だ。泣きそうだ。
どこか遠くを見つめているような田宮の目が痛々しかった。
芳川が可哀想だ──なんて、自分の言葉がひどく恥ずかしかった。
「ま、モテるオトコの責務ってヤツですよ」
田宮はそうおどけたように言って、僕の頭をワシワシと雑に撫でた。
「でも俺、ちょっと傷心だから、一曲リクエスト聞いてくんない?ほれ、座れ」
しょぼくれた僕の首根っこをつかんで椅子に座らせると、田宮はカタン、と鍵盤の蓋を開けた。
「フォーレの前奏曲……何番だ?ト短調のやつ。コンクールで弾いてただろ、お前」
フォーレ 九つの前奏曲第三番。
揺らめくような和声の中、物悲しくも美しいメロディが胸を突く曲だ。
「お前の音、ちょっと似てるんだよ」
「似てる?」
「俺の好きな人。ま、お前の方が千倍上手いから安心しろ。ほら、さっさと弾け」
そう茶化す田宮の横顔が切なくて、やっぱり僕は泣きそうだった。
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