第2話
午後五時五十五分。
完全下校の予鈴を合図に練習を切り上げると、まっすぐ昇降口に向かった。外はもう、街灯が灯っている。
ピリリと肌を刺す空気の中、駅に向かい歩いていると
「神崎!」
うしろから女の子が小走りで追いかけてきた。同じクラスの芳川小春だ。昼前に降った雪で滑りにくくなっているとはいえ、この冬道だ。
「走るな走るな。転んだらどうすんの、受験生」
「大丈夫だって。お疲れ!神崎も自習?」
「自習──っていうか、練習。音楽室でピアノ借りてた」
「音大、実技試験もうすぐなんだっけ」
「再来週。芳川は?自習?」
「うん、図書室で。家だとダラけちゃうからさ。今日は捗ったー、背中バキバキ」
芳川がグイッと両手を挙げて伸びのポーズをすると、背中なのか肩なのか、ゴキと鈍い音がした。思わず顔を見合わせ、二人で笑ってしまった。
「確かに、頑張った音だね」
「でしょ。神崎は──…」
会話の途中で、芳川はにわかに顔を
鼻がスンスンと動いている。
「神崎、なんか煙草臭くない?」
「違う!冤罪!僕じゃなくて、たみ……」
芳川の疑いの眼差しに、思わず田宮と言いかけたが、口止め料のイチゴ味が脳裏に蘇る。くそ。
「……口止め料を貰ってしまったので、僕の口からは言えません」
「なにそれ。てか、もうほとんど言ってるじゃん」
クスクスと可笑しそうに芳川が笑った。
顎のラインで切りそろえたストレートの髪が、チェックのマフラーの上でサラサラと揺れている。
「田宮先生に煙草って、似合いすぎ。しかも学校で隠れて吸うとか、ヤンキーか」
「ね。でも、女の子って、ああゆうちょっとダメなオトナにくすぐられちゃうんでしょ?」
「好き好き。くすぐられちゃう。もうね、田宮先生には雨の日にネコとか拾っててほしい」
「ベタか」
そんな他愛もない話をしながら、並んで駅までの道を歩く。芳川も僕も、学校から一駅のエリアに住んでいるが、方向が反対だ。僕は西、芳川は東。改札で「じゃ」と手を挙げると、芳川は「あ……うん」と歯切れ悪く目線を泳がせた。
「芳川?」
「……あのさ、神崎。田宮先生って……」
「うん?田宮?」
「田宮先生って甘いもの好きかな!?……ってゆうかチョコレート好きかな!?」
意を決して顔を上げた彼女の頬は真っ赤で、それはきっと寒さのせいではなくて、僕は自分の心のどこかがチクリと小さく痛んだ気がした。
「えっと……あー、いつも飴とかガムとか常備してるし…甘いの嫌いってことは無いと思うけど」
「そっか、ありがと。ごめんね、変なこと聞いて。えっと、それじゃあ……またね!」
「あ、うん。じゃあ……また」
バイバイと手を振って、反対のホームへ駆け降りていく彼女を見送った。
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