秋 淡黄 5
京也は、それからもほぼ毎日やって来た。
紫苑も、部活に行けない代わりに、雨の日以外は庭園を散歩していたので、必然的に二人は顔を合わすことになった。
京也が今までに訪れたことのある国や地域についての話は、外国に興味がある紫苑にとって興味深く、話を聞くのが楽しかった。
また、京也は年に似合わず聞き上手だったので、紫苑は家族や友達に言わないような心の機微も話すことができた。
京也のひょうひょうとしたキャラクターもそうさせたのかもしれない。
ある日、二人は中間試験の話をしていた。
京也は、海外生活が長かったため、国語や歴史といった教科が苦手らしかった。
「中2の頃のテストならまだとってあるかも。貸してあげようか?」
「助かるなあ、ありがとうございます。」
「言っておくけど、答案用紙は貸さないからね。」
「答案がないと、答えを一から調べなきゃいけないじゃないですか。紫苑さんが赤点でも俺は気にしませんよ。」
「赤点なんかとったことないし!」
紫苑がふくれると、京也は笑った。
そのとき、雨が降ってきた。
二人は外で話していたが、慌ててガーデンハウスの中に逃げ込んだ。
小さなガーデンハウスのなかはいっぱいになった。
紫苑が椅子に座り、京也は壁に寄りかかった。
「秋雨ですね。」
京也が言う。
「この強さだと、金木犀が全部散ってしまいそうですね。」
「そうだね。あんなにいい香りなのにちょっと勿体ないかも。」
「金木犀の花で香水が作れるんですよ。金木犀の花を集めて、無水エタノールの中に入れておくんです。暗いところに2か月くらい置いておけば完成です。」
「ふーん。香水とかあんまり興味なかったけど、それはやってみたいかも。」
「花が残ってたら、やってみますか。」
「うん…。でも私、2か月後はどうなってるかわかんないなあ。なんか、意味分かんないんだけど、十六歳になったら危ない目にあったりするかもって言われてるんだ。2か月後はもう十六歳になっちゃってるから。」
京也は、一瞬目をみはったあと、真面目な顔で「どういうことか、聞いてもいいですか。」
と問いかけてきた。
京也が笑ったり馬鹿にしたりしなかったのが紫苑は嬉しくて、大体の事情をかいつまんで話した。
「ほんとに意味不明だよね。婿とれとか、結界張りなおせとかさ。二十一世紀にそんなことある?半分くらいは信じてないんだけど、でもやっぱりもう半分はすごい怖いんだよね。」
紫苑は、無意識に自分の体を抱きしめた。
紫苑の誕生日までもうあと一週間しかない。
黙って聞いていた京也が突然言った。
「俺、婿に来ましょうか。」
「は?」
「年下はだめですか。」
紫苑は、京也の顔の中に冗談の色を探そうとして見つめたが、京也は真顔だった。
「紫苑さんさえよければ、俺はいいですよ。
と言っても、俺が十八歳にならないと籍は入れられないから、しばらくは婚約ってことになるけど。
あとは、結界ってやつですか。
紫苑さんの話だと、四家にそれぞれあるっていうのが大ヒントな気がするんだよなあ。
何か思い当たるものありませんか。」
「ん…と、わかんない…。」
「他の三人にも確認してみた方がいいですね。
各家に昔からあって、しかも、これからも無くならないもの。
けっこう限られてると思いますけどね。」
紫苑は何も言っていないのに、展開が早い。
すっかり京也のペースだ。
「あ。やんだ。通り雨だったみたいですね。」
京也が言って、外に出ていく。
紫苑も後を追った。
雨が降ったせいかさっきまでよりも気温が下がった気がする。
制服のブレザーの下にカーディガンを着ただけの格好だと少し寒い。
京也は金木犀のそばにいって、花を調べていた。京也が、金木犀のそばにある噴水に何気なく目をやった。
「これって、噴水だとばかり思ってたけど、香水塔じゃないですか?」
「香水塔?」
「香水を入れると、その香りが周囲に広がる装置ですよ。
本来は、家のなかに設置して、お客さんをもてなすときに使ったりするんだけど。照明の熱で香りを漂わせるんです。
屋外にあるのは初めて見ました。
しかも、長いこと使われてないみたいですね。「ずっと噴水だと思ってたけど、言われてみれば水が噴き出してるのは見たことない。」
「紫苑さんも噴水だと思ってたんですか。もしかしてこれがそうだったりしてね。」
「え?」
「結界ですよ。これけっこう古くからありそうだし、噴水なんてよっぽどのことがないと撤去したりしないでしょう。」
京也が軽い調子で言い、そのまま帰っていった。京也は、ガーデンハウスを出たあともいつもと少しと変わらなかった。
自分は、本当にプロポーズされたのか、考えれば考えるほど、紫苑は自信がなくなってきた。
とりあえず、他の三人に携帯電話でメッセージを送り、学校で集まる約束をした。
と言っても、週末を間に挟むため、集まるのは二日後の月曜日になる。
櫻子にでも、京也から言われたことを相談したいものだ、と考えながら紫苑は眠りについた。
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