春 桜鼠 2

「なーに、あれ。」

紫苑が憮然と言う。次の日、学校で櫻子たちは談話室にいた。昨日は四人で話す間もなく、各家の当主たちに強制的に連れ帰られた。櫻子の祖父は何も教えてくれなかったし、他の三人もそれは同じだったらしい。

「婿をとれって、十八までに結婚しろってこと?ありえないでしょ、いまどき。」

紫苑が語気荒く言った。

「結界に至っては意味不明。」

鈴蘭も小声で賛同する。

(結界はともかく…十八までに結婚は悪くないかも。)

櫻子はこっそり考えた。櫻子は中等部の頃からよくもてた。特に人目を引く外見ではないと思うのだが、いろいろな人から好意を寄せられるし、それが嫌ではない。母から男女交際は高等部にあがってからにしなさいと言われたので交際経験はないが、高等部では解禁だ。既にデートの約束もしている。一つ年上の眼鏡がよく似合う男子生徒で中等部の頃からアプローチを受けている。

(次期生徒会長になりたいって言ってたし音琴ねごと先輩なら親も気に入りそう。そしたら高校卒業と同時に結婚とかありかも。)

ふわふわとした妄想が膨らんで春の陽気に溶けていく。今日は天気もよく春うららという言葉がぴったりの日だ。

櫻子の浮かれた気持ちなど知らず、椿が何かを思案しながら暗い声で話し始めた。

「親戚から子供の頃に言われたことがあるの…可哀想な子だって。周りの大人の空気が一瞬で変わって、私はすぐに部屋から連れ出されたの。でも部屋から出るとき可哀想って言った人がものすごく責められてたのは覚えてる。その人はそのあとの親戚の集まりで見たことがない。」

「それは出禁になった的な?」

「多分ね。」

櫻子たちは各家の本家の娘なので、その親たちが、分家の人間を本家に出入り禁止にすることは可能だ。しかし、椿が可哀想とはどういうことだろう。そして情報を洩らした人間を本家に出入り禁止にするほどの秘密がある?それは昨日の集まりに関係があるのか?

分からないことだらけで、今週末のデートに来ていく服を考えていた方がよっぽど有意義だ。先輩はお花見と言っていた。防寒もできて可愛らしい印象を与えられる服…なかなかの難題だ。

結局、昨日の集まりが何だったのか結論は出なかったが、各自調べてまた四人で集まることになった。子供の頃から知り合いで学校も同じでありながら、今まで大した接点もなかったのでまた集まることは少し楽しみだ。

教室に戻ると、男女数名のクラスメイトが和気あいあいと話していた。

「櫻子、やっと戻ってきた。これからみんなでお茶するんだけど、櫻子も行こうよ。」

「わあ、行きたい。」

櫻子が頷くと、みんなすぐに帰り支度を整え、移動しはじめる。もしかして櫻子を待っていてくれたのだろうか。入学して間もないのに、みんなよくしてくれて、楽しい学校生活を送れそうだ。学校のそばにある抹茶のおいしい和風喫茶、京花堂で、季節の和菓子と共に有意義なひとときを過ごしてから帰宅した。

櫻子の家は、官公庁町に突如として現れるアールデコ様式の洋館だ。広い芝庭を通り抜けると現れる正面玄関は、壁面がガラスレリーフになっており、床は全面がモザイクになっている。玄関を抜けると重厚な広間があり、次の間を経て客室、食堂へとつながっている。次の間もモザイクの床になっており、大きな白磁の置物がある。縦長の花瓶に藤の花が生けられているようなデザインだ。最上階には市松模様の床がアクセントの温室がある。

櫻子の部屋は、薄いピンク色を基調としており、サーモンピンクの大理石でできたマントルピースと、壁に作りつけられた丸い鏡が目を引く可憐な部屋だ。食事に呼ばれるまで、勉強をしようと机に向かう。入学したばかりとはいえ、進学校なので課題は多い。櫻子は、試験前だけ勉強するよりも、毎日少しずつ勉強した方が効率的だと思っている。一日に覚えられる量は限られているのだし、徹夜をすると、疲れてしまって試験が終わった日に遊びに行くこともできない。何より睡眠不足は美容に良くない。

その日の課題が終わったので、デートに着ていく洋服を決めようとクローゼットを開けた。デートだからワンピース一択。まだコートを着なくては寒いだろう。櫻子は、紺色のワンピースを着ていくことにした。雑誌やネットを見ると、男性が好きなのはピンクだと思わされがちだが、本当に受けがいいのは紺色だと櫻子は思っている。このワンピースは白い衿が付いており、その衿にはよく見ると繊細な刺繍が施されている。上にビジュー付きの白いコートを羽織れば、地味にはならないだろう。鞄は春らしいピンク色の手提げ鞄に決めた。髪の毛は、下ろして編み込むことにする。鏡の中の自分を見て、櫻子は満足だった。このコーディネートなら完璧だろう。デートの日は、櫻子にとって特別な日だ。先輩もそれを知っていて誘ってくれたのだろうか?だとしたらかなりポイントが高い。女の子は記念日が大好きなのだから。

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