第3幕: 紅に染まる覚悟(2)

 ***



 軽い食事を終えると、ティアはラドとダンジョンの運営について話し合った。


「……ダンジョンの脈を見る限り、魔石マナストーンは順調に集まっているようね」

「ええ。魔石は召喚と建造の根源です。

 特殊施設や高位召喚には――さらに希少な結晶が必要ですが」

「では、最初に建てるべきものは?」

「まずは……ダンジョンに流れる魔力を増幅させる聖櫃せいひつを。

 毎日の魔石の生成量が増えます」


 ラドの説明を聞きながらも、ティアは周囲に目を向けた。 できたばかりの空間に、見慣れない器具が並んでいた。


「ねえ、ダルク」

「ん?」

「これ……体を鍛えるための道具?」

「おっ、よくわかったな?  そうそう。じっとしてたら体がなまるからさ、鍛えようと思ってよ」


 ダルクはバーベルのような棒を軽々と持ち上げてみせた。

 見ているだけで、ものすごく重そうだ。


 オリンピック中継で見たあれより重いかもしれない。

 ティアはそんなことを考えながら、隣のダンベルに視線を移す。


「もしかして、これも?」

「ああ、それはあるじが興味持つかもしれねえと思ってな。

 一番軽いのを用意しといた」

「……ティア様、こういうものにご興味が?」


 ラドが意外そうに問いかける。


「うん。これからの事を考えたら……鍛えたほうがいいかなって。

 ――ほんの少しでも」


 ティアは最も小さなダンベルに手を伸ばした。

 五百グラムほどだろうか――軽く持ち上げようとしたが、動く気配すらない。


「……あれ?」


 なんとか数ミリだけ動いた。ダルクが眉をひそめて尋ねた。


「ちょ、主。なあ、今、本気で力入れてる……よな?」

「……う、うん」


 ティアの返事に、二人は沈黙した。


「……うそだろ。弱いのは知ってたけど、ここまでとは……」

「も、もしかして……これ、見た目より重い金属、とか……じゃない?」


 そう言いながら、ティアの声はだんだんと細くなっていく。

 ダルクが言葉を失う。 二人の顔にゆっくりと広がっていく驚愕きょうがくを見て、ティアはそっと視線をそらした。


 ラドも長い沈黙のあと、静かに口を開いた。


「恐れながら申し上げますが、主。

 その重さは……人間種でも十歳以下の子供が持ち上げる程度です」

「……本当に?」

「はい……」


 ――も、もしかしたら、この世界の『人間』は、自分の世界の人類とは別種なのかも……。


 ティアは必死に考えた。

 でも、十歳以下の子供よりも弱いと言うのは……。


 ティアは絶望しかける。男二人は慌ててフォローに回る。


「だ、大丈夫! 主のそばには俺がいるだろ?」

「そのケモノの言う通りです。

 もともとダンジョンの主は前線に立つ存在ではなく、守られる側ですから」

「そうそう、息してるだけで充分!」

「それに、ダンジョン主になったばかりですからね。

 ティア様は、これから強くなられます」


 二人とも一生懸命慰めてくれているのはわかる。

 ……けど、その優しさがなぜか胸に刺さる。


「ねえ」

「はい?」

「ん?」

「従属ガーディアンがいれば、その影響で少しは強くなるって言ってたよね?」 「……その通りです」

「ということは、これでも……強くなったってこと?」

「……」


 今度は二人とも何も言わない。

 痛ましい沈黙がダンジョンに広がった。 ティアはそっと顔をそらし、洞窟の天井を見上げた。 天井から滴る雫の音だけが響き、静かに響いていた。




 ***



 ラドが静かに歩み出て、うやうやしく頭を下げた。


「主、魔石が十分に集まりました。

 ――そろそろ、ガーディアンを召喚なさる頃合いかと」


 ティアは軽く息を呑んだ。

 まだ何もかもが手探りのまま。

 それでも、自分が少しずつ主として判断を下せるようになってきたことを意識する。


「あなたとダルクがいるから、今は質より量ね。

 まず防衛線を増やしましょう」


 ラドは穏やかに頷いた。


「正しきご判断です。

 強いガーディアンを呼ぶには魔力と魔石だけでは不十分です。

 第二階位の召喚陣サモン・サークルが必要となります」

「第二階位召喚陣……」

「はい。今の第一召喚陣では、六級までのガーディアンしか召喚出せません。

 ――より強力な個体には、陣そのものの強化が不可欠なのです」


 ティアは短く頷き、ラド、そして後ろに控えるダルクと共に、召喚室へと向かった。


 奥へ進むほど、空気が変わっていく。

 かすかに漂う金属の匂い、淡い光を放つ鉱石の壁。

 目を向ければ――美しくも冷たい、紫の光が地下世界全体を照らしていた。


 どこか夢のようで、けれど人を拒むような静謐せいひつさ。

 ダンジョンの最奥にはティアとガーディアンたちが暮らす居住区。

 そしてその右手の広い空間には、巨大な召喚陣が口を開けている。


 それは、まるで底の見えない奈落ならくのよう。視線を落とすだけで吸い込まれそうな錯覚さえきた。


 ラドが一歩進み出る。


「ここで、主の権能けんのうをお使いください」


 ティアは深く息を吸い、ゆっくりと両手を掲げた。


「……スケルトンを四体、召喚する」


 権能を解き放つこと自体は、難しくはなかった。

 心を落ち着け、魔力を解き放てば――体の奥から、何かが引き抜かれていくような感覚。

 黒い召喚陣から紅の光がほとばしり、空間を染めた。


 地面から濃い霧が立ちのぼる。

 鎖骨の紋様が共鳴するように脈動する。熱がせり上がり、空気が震える。


「――混沌こんとんの正統なる主が呼びかける。 我、ここに在り」


 静かに、けれど確かに響く旋律。

 祈りとも呪いともつかぬ声が、空気の底を震わせる。


「這い上がれ、這い上がれ。 目覚めよ……動け、我が召喚に応えて」


 応えるように、陣上で青緑の火が揺れた。


 ――カタリ、カタカタ。


 骨の擦れる音。錆びついた鎧をまとった骸骨兵がいこつへいが四体、霧の中から現れた。

 空洞の眼窩がんかに灯る淡い光が脈打つ。


 ……ティアは、初めてこの地に降り立った時のことを思い出した。

 恐怖と安らぎの狭間。死と生の境界を見下ろすような静けさ。

 ――『生と死』の境を覗き込むような感覚。

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