不遇な少女、結界師の嫁に選ばれる

陽七 葵

第1話 亀裂

 ここ日本では、古来よりあやかしが存在する。

 それは人に取り憑き、精気を奪う。酷い時には死に至らしめる。

 そんなあやかしを人知れず封印し、滅することを生業なりわいとしているのが、結界師であった。

 しかし、近年では過疎化も進み、結界師自体が減少している。

 それでも、国で一番力のある九条くじょう、次いで鷹司たかつかさ、その二つの家系を中心に、今も尚この地は結界師による不思議な力で守られている――。


◇◇◇◇


 不思議な力を持っているとされる結界師は、あやかしを目視できることが絶対条件だ。

 そもそも、あやかしを目視出来ない人間には、その力が備わっていない。

 そして、その力を持つ者は千人に一人程度の極一部の人間のみ。彼らは、九条家からスカウトされる。

 私の妹である二葉ふたばが、今まさにスカウトを受けている。

「ですが……うちの子は、まだ五歳でして……」

 結界師の存在を始めて知った両親は、困惑しながらスーツ姿の二十代くらいの男性に頭を下げている。

 しかし、男性は淡々と話を進めていく。

「幼い内に発覚したのは、喜ぶべきことなのですよ。実際に働いてもらうのは十八歳になってからですので、今から専属の家庭教師をつけてやれば、その頃には十分に力のある結界師になれることでしょう」

「ママ、パパ。ふたばは、大きくなったらおばけ退治するの?」

 まだ完全には理解できていない二葉は、嬉しそうに机の前でピョンピョン跳んでいる。

 六歳である私こと東雲しののめ 一葉かずはも、あまり良く分からないままに、私の妹って凄いんだと目を輝かせながら二葉を見る。

「もしもお受け下さるのであれば、教育が始まった段階から支援金が発生致します」

「支援金……ですか? こちらが授業料を支払うのではなく?」

「ええ。月々このくらい発生致します」

 男性は両親に資料を見せた。

 私の位置からでは見えなかったが、両親は目を見開いたため、相当な金額だったのだろう。

「働きだしてからですと、月々の給与は歩合制になりますので狩った分だけ手元に入るようになります。多い方ですとこのくらい。少ない方でも、このくらいはありますね」

 もう両親の目がお金になっている。即座に了承の判を押した。

 ――こうして、妹の二葉の将来が決まった。

 そして、平穏だった私の人生も一変し、虐げられ、空気となる日々がここから始まることになる。

 そんなことを露ほども知らない私は、無邪気に笑っていた。


◇◇◇◇


 一週間後。小学校から帰った私は、靴を脱ぎすて、すぐさまキッチンにいる母の元へと向かった。

「ねぇ、ママ。見てみて! 算数のテスト百点だった!」

 じゃじゃーんと算数の答案用紙を広げて見せる。

 しかし、いつもなら頭を撫でて「凄いわね。さすが一葉」と褒めてくれるのだが、今回は違った。

「一葉、静かに。今、二葉の家庭教師の人来てるから」

「はぁい」

 まるで私が悪いことでもしたかのように宥められ、何とも言えない気分で答案用紙を折りたたむ。

 しかし、この時はまだそこまで気にしていなかった。

 気になり始めたのは、それから三ケ月くらいしてからだったか――。

 同様に満点の答案用紙を見せれば、母は辟易したように私を一瞥した。

「一年生なんだから、百点なんて当たり前でしょ。百点なんて取れない一年生見たことないわよ」

「そうなんだ……」

 確かに、よくよく考えてみれば友達も皆満点を取っている。

 そういうものなのかと思いこもうとしたが、それでも母に褒めてもらいたいと思ったのは口に出さなかった。

 そして、二葉と遊ぼうと誘えば、父に叱られた。

「こら、二葉は勉強があるんだから。邪魔をするんじゃない」

「はぁい」

「たく、一葉は二葉の邪魔ばっかりして。お姉ちゃんなんだから少しは考えなさい」

「はい……」

 しゅんと落ち込む私は、この頃から二葉に嫉妬心を抱くようになった。

 それでも私の誕生日だけは、私が特別。そう思って、その日は学校から帰ってすぐさま宿題を済ませ、誕生日会が始まるのを今か今かと待っていた。

 けれども、一向に始まらない誕生日会。いつもの食卓。二葉ばかりを褒める家族の会話。

「ねぇ、私の誕生日は?」

 泣きそうになりながら言えば、両親はハッとしたようにカレンダーを見た。

「一葉、ごめんね。ケーキ売り切れてたの。明日でも良い?」

「そうそう、誕生日プレゼントも丁度売り切れててな。明日違う店も見に行ってくるから」

 いくら七歳と言えど、そんな嘘はすぐに分かる。

 両親に誕生日を忘れ去られていたことにショックを覚えていると、純真無垢な顔で二葉が言った。

「お姉ちゃん、明日は売り切れてないと良いね」

 一瞬、負の感情が芽生えたが、二葉は何も悪くない。むしろ五歳なのに良く分からない勉強をさせられて偉いと思う。

 私は、無理やり笑顔を作って頷いた。

「そうだね」

 七歳の私からしたらドン底に落ちた気分だったが、こんなのはまだ序の口に過ぎなかった——。

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