コンダクター

花城このか

第1話 一目惚れ

 この頃は、暗くなるのが早いから、一帯はすっかり夜めいている。スタイリッシュな街並みには、大人しい色味のネオンだけが光っていた。中でもこじんまりとして、清潔感こそあるものの年代不詳な建物の高い椅子に腰かけている。社長時代の友人の伝手で仲良くなったこのカフェの店主は、普段はないバーのような営業に心を躍らせているらしく、鼻歌混じりだ。ずっと年上だけれど、僕とは話のテンポが合う。今日は、ほとんど冗談で言ったような無理を快諾して、この場を専用に用意してくれたくらいなのだ。改めて短く礼を言って、コーヒーを啜った。すると、今日僕が招待した客の一人目、所属するVRワールド制作サークルのメンバーが扉を潜って現れた。

「ごめんください。路久さんに紹介していただいた、九鬼です」

僕_朝長路久ともながろくは、心を躍らせて九鬼蒼佑くきそうすけを見上げた。彼は聞いていた倍、背が高かった。口元が緩むのを感じながら彼に目を合わせて、穏やかに首を傾ける。オンラインでの共同作業を始めて数ヶ月経つが、リアルで会うのは初めてなのだ。

(僕が声を出したら、この子は喜んでくれるだろうか)

サプライズは好きだ。だから、圧倒的な期待感と共に、立ち上がって、暗闇側の彼に手を振った。

「僕が朝長路久だよ。蒼佑くんが一人目だ」

いつもの通話と同じ声で、あえてシンプルに言ってみる。蒼佑は瞬きをしてじっと路久のことを見てから、やはりいつも通りの芯の通った声を出した。

「わあ、糸文が騒ぐのもわかるイケメンだ。なんて、失礼しました。今日は用意からしていただいてすみません」

近づいてくると、青年にふさわしい爽やかな容姿に、言葉遣いに反してラフな格好が目に入る。

「いいんだ。来てくれてありがとう。糸文は僕のことを知っているんだったね」

それでは、サプライズが少し薄れてしまうなんて考えながら、適当な言葉を交わして時間を潰す。メンバーの一人、保坂糸文ほさかしもんのことを噂していると、再びドアの開く音がした。二人の視線はそちらに吸い寄せられた。

「こんばんは」

「どうも、姫崎です」

口ぐちに言う声はトーンこそ違うものの同じ声。今この瞬間だけではどちらがどちらなのかわからない瓜二つ。サークルが誇る双子だった。路久と蒼佑は目を輝かせて二人に近づいた。髪を軽く結っている向き以外には、本当に違いがわからない。礼儀を欠いてまじまじ見つめる二人に、顔を合わせた双子が

「こっちが立都で」

「こっちが立季」

と無表情にうっすら笑みを浮かべて、順に手を挙げてみせる。姫崎立都ひめさきりつと姫崎立季ひめさきりつきも、やがて同じような会話に加わった。5分ほどすると、待ちかねていた、最後の一人がやってきた。扉が開いた瞬間に、路久は息を呑んだ。美しい長髪に背丈は低いながらも抜群のスタイルと凛々しい顔つき。堂々とした出たち。路久を見つけた瞬間のパッと輝く表情。可憐な少女と形容することもできるそれは、路久の心を掴んだ。恋に落ちた、という表現は正しくない。しかし、確実に初対面には相応しくない、特別な感覚に陥った。元々は糸文の方が、路久に一目惚れしていたなんて聞いているが。

(これでは、僕の方がよっぽど不誠実みたいになってしまうな)

こんな体験は、これまでにしたことがない。だから、これでいいのだろうかとふと足を止めてしまった。

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