第6話 姫騎士の、ホームステイ先は……
テレサが動くたびに、水滴が足元で跳ねあがり、日光を受けてキラキラと輝く。
やがて俺は、目の前に展開した光景に固唾を飲んだ。
水中から大きなブルーサファイアが浮かび上がるかの様に、テレサの足元の川面が碧く光りだしたのだ。
同時に、緑色に輝く光の粒子が、テレサの周囲を回り始める。
さらに小川の岸からは、ユラユラと白い光のモヤが立ち上り始めた。
川面に浮かぶ碧い光。
地面から沸き立つ白い光。
宙を漂う緑の光。
その三色の光が、剣を持って舞うテレサを取り囲んで、美しく踊る様に動き始めた。
これが水の精霊、木の精霊、土の精霊だろうか。
「この光が……。精霊……」
ため息交じりの声で、俺は呟いた。
ふと気が付くと。さっき由莉と日美香の諍いをいさめた時に、テレサの肩に出現した光るこびとが、今は数えきれないほど、テレサの周囲を舞っていた。
公園の奥の小川で、精霊たちが放つ三色の光を纏い、艶やかに舞うテレサは、この世の者とは思えない美しさを放っていた。
後に知ったのだが、テレサの故郷ライオネル・ランドでは、魔法は自然界の様々な精霊と契約する事によって使える様になる。
そのためテレサは時々、大自然の中に身を置き、彼女が契約している木の精霊、水の精霊、土の精霊と交流して、絆を強める必要があるのだと言う。
なるほど、自然豊かな名主の滝公園なら、その儀式にピッタリという訳だ。
三色の光を纏った精霊たちと、魔剣ランホイザーを持ったテレサの舞を、俺が言葉もなく見惚れていると。剣を持つテレサの腕にグッ、と力が入った様に見えて、彼女は両目を閉じると、何やら呟きだした。
「謙虚であれ。奢らず、あなどらず、うぬぼれず。誠実であれ。尽きせぬ想いを込めて、決して己を偽らず。礼儀を守れ。どんな結果になろうと、友情を裏切らず」
クワッ、と閉じていた両目を開くと、魔剣ランホイザーを両手で高く振り上げて、テレサは叫んだ。
「オーギュスト流、魔法奥義。魔剣ランホイザーよ、我に力を!」
その瞬間、強い風が吹き抜けた様な衝撃が、俺を襲った。
風は吹いていないのに、何か気配とか、気合いとか、目に見えない物が、俺の身体を突き抜けて行ったのだ。
テレサの足元を流れる小川の水と、川岸の砂が、爆発でもしたかの様に吹き飛ぶ。
周囲の木々の枝も、強風が吹いたかの様にざわめいた。
ギャアギャアと鳴き声を上げて、森から鳥の群れが一斉に飛び立つ。
腰を抜かしそうになるのを何とか踏みとどまり、俺は周囲の様子を伺った。
小川の水、川岸の砂、木々の枝は、再び動きを静かにする。森から飛び立った鳥たちも遠くへ去り、周囲は再び静寂に包まれた。
ほうっ、とため息をつくと、テレサは頭上に振り上げていた魔剣ランホイザーを下ろし、その刃身を見つめた。
呆然としていた俺は、我に返りテレサに問いかける。
「凄いじゃないか、テレサさん。今の何?」
「我々、ライオネル・ランドの魔法騎士は、代々、家に伝わる守護武器を依り代にして、精霊魔法の奥義を会得する」
ずい、とテレサは、魔剣ランホイザーを俺の眼前に突き出した。
「我がオーギュスト家に伝わる守護武器は、この魔剣ランホイザーだ。この力を借りて、祖父も、父も、精霊魔法の奥義を会得した。だが私は……」
グッ、と唇を嚙みしめると、テレサは言葉を続けた。
「いまだ奥義を会得できないのだ。いつも、あと一歩という所で手が届かない。私には、まだまだ修練が足りないのか……」
俺がテレサにかける言葉に困っていると、公園の閉園を知らせる『蛍の光』のメロディが鳴りだした。
「あ、テレサさん、ここ、もう閉まるみたい」
「長くつきあわせたな。つい夢中になってしまった」
少し疲れた顔で笑うテレサに向かい、俺は言った。
「凄い物を見たよ。自然の中に精霊がいるなんて、知らなかった」
「精霊を可視化するのも魔法だからな。あそこまで見える様にするには、かなり修行を積まねばならぬ」
名主の滝公園を出た俺たちは、再び王子駅前に出て、都電が走る国道一二二号線の坂を上って行く。テレサはずっと満足した様な顔をして、語り続けていた。
「いい場所を教えてもらった。木と土はともかく、水の精霊と交わえる場所は、なかなか無くてな」
話しているうちに飛鳥山の交差点に出た。そこでテレサは立ち止まり、ある方角をジッ、と見つめる。
何をそんなに、興味津々に見ているのだろう。テレサの視線の先を追った俺は、彼女が見ている物に気が付いた。
彼女が見ていたのは、向いにある飛鳥山公園に来る客目当ての、小さなスナックスタンドだった。本当に店員一人が入れるかどうかの小さな店舗で、鯛焼きを売っている。
型に挟まれて、次々と焼かれる鯛焼きを見つめているテレサに、俺は尋ねた。
「もしかしてテレサさん、鯛焼きが欲しいの?」
「これは何だ? 魚が入っているのか? それにしては形が少しおかしい気が……」
「そうか。テレサさんの世界には、鯛焼きが無いんだね」
今月の小遣いにはまだ余裕があったので、俺は鯛焼きを二つ買って、テレサに渡した。彼女は、おっかなびっくり、鯛焼きを眺めている。
「思ったより温かいな。どうやって食べるんだ?」
「そのまま齧りつくんだよ。大丈夫だと思うけど、ヤケドに気をつけてな」
俺が鯛焼きにかぶりつき、食べるのを見て、テレサは意を決した様に鯛焼きを口にした。
その瞬間、テレサの顔がパァッ、と明るくなった。
「甘い! 口の中がとろける様だ!」
形から、魚の味を予想していたのだろう。テレサは興奮気味に、鯛焼きを食べ続けた。
「信じられん! 香ばしい皮と、甘く柔らかい中身が溶けあって、濃厚な味わいだ!」
テレサはアッという間に鯛焼きをたいらげる。そこまで喜んでくれるなら、鯛焼きを発明した人も喜ぶと思うよ。誰が発明したかは、知らんけど。
「ナオト・シンドー殿、今日は本当にありがとう」
鯛焼きを食べ終わったテレサが、改まった感じで頭を下げた。
「君のお陰で、無事、転校初日を終える事が出来た」
「いやぁ、とても無事とは……。まぁ、楽しかったからいいか」
俺たちは顔を見合わせて、前からの友人の様に笑い合った。
「で、テレサさんは何処まで帰るの?」
テレサは腰のポーチを探りながら答える。
「今朝は研修所から登校したが、今夜からホームステイ先で暮らす事になっていてな。えぇと、確か」
テレサがスマートフォンを出したので、俺はズッこけそうになった。
スマホを持ってるのかよ! もっと、ファンタジーっぽい通信方法を使うんじゃないのか。
「あ……。魔法とかで通信するんじゃないんだ」
「こちらの通信インフラに対応している道具の方がいいだろうと、研修所で渡された。この地図アプリとかいう物は凄いな。地図の中で、移動している自分が動くのだな」
そんな事を喋りながら、二人は飛鳥山の交差点を曲がり、国道一二二号線を池袋方面に進んでいく。
あれ? テレサもついてくるぞ? ホームステイ先って、俺ん家に近いのか?
そうこうしているうちに、家に着いてしまう。仕方なく俺は言った。
「じゃぁ俺の家、ここだけど……。テレサさん、ホームステイ先まで送ろうか」
「心配はいらん。地図アプリによると、私のホームステイ先はここだ」
得意満面でテレサが指さしたのは。
「俺ん家じゃねぇかよ!」
思わず、テレサのスマホを奪って、その画面を見ると。
確かに俺の家が、ホームステイ先としてバッチリと記載されていた。
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