7:筋肉痛って二日後にきやすい。


 朝だ。

 さわやかな朝とともに目覚めようとした俺はかなりキツめの筋肉痛に襲われ、ベッドで横になっていた。

 初日だからと張り切りすぎたのと、おそらくアドレナリン全開にして狩りに没頭してたらしい。

 腕は肩までしか上がらず腰は立ち上がろうとするだけで俺にキツメのブローをお見舞いしてくる。


 二日もすれば治るだろうが、その間の収入はゼロということになる。世知辛い。


 これならまだ再就職のお祈りメールを受け続けてたほうが……だめだそのほうが精神的にクるわ。

 昨日調子に乗って無駄遣いしなくてよかったとホッとしつつ、今日はおとなしく情報収集に勤しむことにしよう。


 TVでは高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョンの階層が一つ攻略されたという報道をしていた。自衛隊と民間の協力チームがまた一つ掘り下げたらしい。詳しい情報は後日会見で発表されるようだ。

 これに伴い民間に開放される層が増えるのではないかという予測とか、解放される層での資源に期待が寄せられているとか、利用者が多いダンジョンでは話題が尽きない。


 高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョンは高輪ゲートウェイ駅に発生したダンジョンの事で、ダンジョン名について紆余曲折があり正式に決まるまでに一年かかるという非常にどうでもいい経緯があった。


 フルネームで覚えたくない名前の長さと、そもそもそこにあった高輪ゲートウェイ駅の名前が決まる経緯からもあるように日本固有の言葉にするのもバカらしい確執の結果の産物であり、寿限無と揶揄されることもある。


 都心部にできた数少ないダンジョンであり利用者も多いことから、早くから民間開放されたダンジョンの一つである。


 ドロップ品の買い取りも査定窓口を経由するよりも企業と直接雇用をかわした探索者が持ち帰ってしまう量のほうが圧倒的に多い。


 それでも利用人口からすれば大量の資源が毎日やり取りされているらしく、銀行にあるような物々しい金庫が二つ並んでいるのがカメラ越しに見える。


【利用者の声】

「そうですね、新しい階層に挑めるようになったのは面白いと思います」

「入口がまた混雑しそうなので人が増えるのはあまり歓迎していません」

「ダンジョン名早く短くしてほしいですね」


 やはり高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョンというのはみんな長くてウンザリすると思っているらしく、ダンジョン攻略の話とは全く関係ないインタビューまで盛り込んでいるあたり、取材側も高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョンという名前を好きになれないのだろうというのが伝わってくる。


  ◇◆◇◆◇◆◇


 昨日の反省点を踏まえ、武器を一つ増やすことにした。筋肉痛が全く収まらないが、早めに準備をしておくに越したことはないと車でホームセンターに向かう。

 購入するのは園芸用の万能熊手である。


 スライムの直径が三十センチほどしかないのでバールで無理やり叩いて核をつぶしていたが、これをもっと簡素化して、片手で抑えて熊手で核だけを掻き出して足で踏みつぶす、というパターンを試してみることにする。


 うまくいけば腰を痛めずに簡単に処理することができる。ペースが上がる。つまり、それは収入が増えるという事と同義である。


 千円ちょっとでいくつかの種類がある中、網状の万能熊手を使ってみることにした。潮干狩りで使えそうな奴だ。

 隣にあるスーパーで今日の晩飯をついでに確保し、明日に備えて今日はゆっくりするとしよう。



  ◇◆◇◆◇◆◇


 朝だ。

 筋肉痛は治まる気配を見せない。が、昨日よりは可動域が増えた上に今日はバールを振り回す予定も無いので、ダンジョンに出勤しようと思う。


 朝食としてトーストにバターを塗ってトースターに二枚入れ、焼ける間にスクランブルエッグを作りレタスとトマトを散らせる。


 ご機嫌な朝食だ。肉体労働するんだからもう少しパワーの出そうな物を食べても良かったな、などと思いながら簡単な食事を終わらせる。


 ダンジョンへ向かう前に装備を確認する。

 武器代わりのバール、ヨシ!

 万能熊手、ヨシ!

 ヘルメット、ヨシ!

 ツナギ、ヨシ!

 安全靴、ヨシ!

 手袋、ヨシ!

 食料水、ヨシ!

 指さし確認は大事である。


 ツナギに着替えて持ち物を確認する。昨日買った万能熊手がどこまで活躍してくれるか知らないが、今日もスライム狩りに精を出そうと思う。


 講習会を受けない分、初日に比べてダンジョンに潜る時間は早くなりそうだ。今日も電車とバスを乗り継いで小西ダンジョンに向かう。


 バスは全員が座れる程度の込み合い具合であり、この中の何人かがダンジョンに潜るのだろうか。荷物を抱えた乗客がちらほら見かけられる。


 【小西ダンジョン前】でバスを降りるとき、俺以外に五、六人が同時に降りた。若いが、彼らはきっとダンジョンパイセンにあたるのだろう、俺よりよさそうな格好もしている。


 剣らしきものが入っているであろう袋竹刀みたいなものを持っている人、弓を持っている人、それぞれの武器を抱えている。


 その点俺はバールと万能熊手にツナギにヘルメットと作業員さながらの格好をしている。ダンジョン周りの下草でも刈るのかと言われんばかりだ。一体探索者とは何なのか。


 そんな疑問を抱えながらのダンジョン二日目だが、初日に発生したバールを振り回すのは結構腰に来るという問題を解決するべく新兵器を用意したのだった。


 作戦はこうだ。

 一.スライムを片手で固定する。

 二.万能熊手で核周辺を掻き出し、核を露出させる。

 三.核を踏みつぶしてスライムを消滅させる。


 これをテンポよく行うことでより効率的な探索者ライフが過ごせるのではないかという実験である。


 さっそく試すべく、人通りの少ない二層への道とは違うほうへと足を踏み出す。そして手ごろに密集している地点へとたどり着いた。まず一匹で行動しているスライムに目をつける。

 素早くスライムに近づくと、片手でスライムを押さえつける。弾力こそあるものの、なんとか掴むことができた。


 攻撃されたと感じたのか、スライムは逃げようとふにふに脱出を試みているようだ。俺はもう片方の手に持った万能熊手でスライムを素早く引っ掻く。


 あまり時間をかけては脱出されてしまうだろうし、万能熊手を溶かされてしまう危険もある。この作業はスピード勝負なのだ。


 うまく万能熊手に引っかかった核が、スライムの体内から零れ落ちる。俺は急いでその核を踏みつぶした。するとスライムは黒い粒子に包まれて消えてしまった。


 後には何も残らなかったが、素早く倒す手段を手に入れたと満足感を得ることができた。


 倒した後の万能熊手をよく観察したが、どうやら溶かされる前に作業を済ませることができたのか、傷も溶けた痕も確認できなかった。

 このまま作業を続けてしまおうと思う。今からの作業に必要なのは次の確認だ。


 一つ、万能熊手が溶かされるギリギリの時間と力具合。

 二つ、一匹倒すのにかかる時間。

 三つ、スライムゼリーと魔結晶のドロップ率


 メモ帳とペンを腰からぶら下げると俺は一時間の瞑想とも言える儀式に没入し始めた。

 これは修行のようなものだ。作業を無意識に自動的に効率的に行うことで、意識だけは遊びに行けるように願った。

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