落ちこぼれ女子高生、異世界で最強の魔法使いになる

@seriHiiragi

第1話 知らない空の下で


放課後の廊下はざわざわと騒がしく、期末前の空気が漂っていた。

けれどその中で真白紬は、ひとり肩を落として教室に戻っていく。


「はあぁぁ……また赤点とか終わってる……」


英語の小テストは無事撃沈。

結果を見るまでもなく、先生の「真白は放課後残ってね」の一言で察した。

補習に慣れてきている自分が悲しい。


(ほんと、なんで私って何やっても中の下なんだろ……)


机にカバンを置きながらつぶやく。

体育のシャトルランはクラス後ろから数えた方が早いし、文化祭の準備でペンキを倒して怒られたのも最近の話だ。


「……はぁ」


深いため息をひとつ。

こんな日常を変えてくれる何かが起きればいいのに――そんな願望がふっとよぎる。


***


帰り道、紬はふと思い立って、住宅街を抜けた先の小さな公園へ足を向けた。

ブランコも滑り台もある、昔からの地味な公園だ。


夕方の空がオレンジから紫に変わる時間帯で、人影はなく、街灯だけがほのかに灯っていた。


(今日、なんか疲れたな……)


そう思ってベンチに座りかけた、そのときだった。


地面が光った。


最初は気のせいかと思ったが、次の瞬間、砂場に白い線が浮かび上がる。

一本の線がにじみ、しだいに複雑な模様を描き始めた。


「……え、なに?」


まるで光るペンで誰かが描いているみたいに、線が勝手に動く。

紬は惹きつけられるように近づいた。


模様はどんどん大きくなり、円を描き、中心に細かい紋様が組み上がっていく。


「これ……魔法陣、みたい……?」


もちろんそんなもの見たことない。

けれど、胸がざわつく。

まるで昔からこれを知っていたような、奇妙な感覚。


紋様が完成した瞬間――。


バッ!!


眩しい光が弾けた。

反射的に腕で目を覆うが、体が引きずられるように浮き上がった。


「ちょ、ちょっと待っ……!」


重力が消え、耳鳴りだけが響く。


視界が白でいっぱいになり、足元の感覚がなくなって――


世界がひっくり返った。


***


風の音がした。

生ぬるい風が髪をかすめ、どこか草の匂いがする。


紬はゆっくりと目を開けた。


「……ここ、どこ?」


そこは、公園ではなかった。


一面に広がる草原。

遠くには深い森、そして紫色の空――太陽とは違う、二つの光源が輝いていた。


(え、え、は? ここ日本じゃなくない??)


状況を理解するより先に、背後からガサガサと音がした。


「……っ!」


振り返ると、見たことのない生物が二匹。

犬に似ているが、目が赤く光り、背中には硬質な突起。牙をむき出しにしている。


「ウソ、無理無理無理……!」


後ずさる紬に向かって、一匹が跳びかかる。


終わった――と思った瞬間。


ドッッ!!


衝撃波のような音が響き、怪物は横から吹き飛ばされた。

地面が揺れるほどの力だった。


「……生きてる?」


紬が恐る恐る顔を上げると、少し離れたところに黒髪の少女が立っていた。

年齢は紬と同じか少し下。

薄い紫色のローブを羽織り、手の前に淡い光の円――魔法陣――が浮かんでいた。


少女は指をひと振りすると、魔法陣が霧のように消えた。


「間に合ったみたいだね。怪我は?」


「あ、あの……助けてくれて……ありがとう……!」


息が震える。

少女は紬をじっと見つめ、首をかしげた。


「あなた……見ない顔。村の子でもないよね。……まさか、転来者?」


「てん、らい、しゃ……?」


「異界から落ちてくる人のこと。この世界とは魔力量の質が違うから、すぐわかるよ」


異界。魔力量。

ファンタジー用語のオンパレードに頭が追いつかない。


「ここはエルラッドの外れの草原。あなた、多分どこかの魔法陣に巻き込まれたんじゃない?」


少女は淡々と説明したあと、ひと息置いて言った。


「私はフィリア・ノアール。見ての通り、魔法使い」


「ま……魔法使い……」


紬の声は震えていた。

さっきの光の円、あれはどう見ても魔法だ。


フィリアは肩をすくめる。


「まあ、この世界じゃ魔法って弱いんだけどね。展開が遅いし、MP……つまり魔力を消耗しすぎるし、体力も削られるし。戦闘に向かないって言われてる」


「……そんな感じに見えないけど……」


さっき怪物を吹っ飛ばしたのを見て、紬は心底そう思った。


フィリアは少しだけ笑い、そして紬を見つめた。


「ねえ、あなた。魔力量、すごく大きいよ。普通じゃない」


「……え?」


「鍛えれば、魔法使いとして強くなれる。少なくとも、“弱い”なんて言われる側じゃなくなる」


胸が熱くなる言葉だった。


ずっと中途半端で、自信を持てなかった自分。

けれど今、初めて「強くなる可能性」を示されている。


(私……ここなら……)


「……この世界のこと、知りたい。魔法も……覚えたい」


気づいたら言葉が漏れていた。


フィリアは目を細め、そっと手を差し出した。


「じゃあ、一緒に来て。まずは安全な場所まで。名前、教えて?」


「真白……紬」


「ツムギ。いい名前」


紬はその手をしっかり握った。


自分の人生が、大きく変わる瞬間だった。


知らない空の下で、紬はゆっくりと立ち上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る