第3話



 「財団」からの小包が届いた半月後、師走間近の三連休初日となる11月22日に、兼弘は一人で行田市へ出向いた。


 お目当ては関東七名城と謳われる忍城だ。


 豊臣秀吉が関東平定を目指して北条氏を攻めた際、石田三成の執拗な水攻めに耐え抜いた忍城は「浮き城」の伝説と共に数多の小説の題材となり、埼玉在住の「城」マニアにとって聖地の一つと言えるだろう。


「ああ……やっぱり良いなぁ」


 三層作りの御三階櫓に設けられた展望室へ上り、太い縦格子越しに市街を見下して、兼弘は恍惚の呟きを洩らした。






 現在の忍城址は、明治維新後、一旦取り壊された城郭の面影を昭和63年に復興再建したものだが、500年以上前に築城された歴史の重みと威容は損なわれる事無く、今も息づいている。


 そもそも彼が工務店に就職したのは、名城への憧れが高じ、自分でも現代の城塞とも言うべき巨大な建造物を作り上げたいと思ったからだ。


 30代の頃は小さなマンションの建設現場を、チーフとして受け持った事もある。


 しかし、モデラ―ならではの完全主義が災いしたか、部下や作業員とうまく折り合えず、敢え無く降板。間も無く帳簿付けと伝票チェックが主な仕事となった。


 以後もデスクワークのみで退職まで勤め上げたから、結局、夢に手が届かなかったが、今でも城の側に佇むだけで心は高鳴る。


 模型を作っている間もそうだ。


 一国一城の主となり、天下を見下す武将の気分を束の間、味わう事ができる。






 家で二時間ドラマの再放送ばかり見ている女房に、こんな気分は判るまい……


 兼弘が微かな笑みを浮べた時、背後から二つの足音が近づいてきた。


「オイ、泊君、殿様気分も結構だが、そろそろ下へ下りないか? 浮き城の小径から東小路まで、のんびり散歩と洒落こもうや」


 そう言って、兼弘と同い年の曽根和良が出口の方へ顎をしゃくって見せる。


 曽根は、兼弘が模型コンテストへ作品を出品した時、一緒に佳作入選したのがきっかけで友人となった城マニアだ。


 大手出版社を退職後、兼弘と同じ悠々自適の身の上だが、サブカル系の雑誌を幾つも立ち上げたやり手であり、今でも複数の情報サイトにコラムを連載している。


 寄り添う愛妻・知香は若い頃、売れっ子のグラビア・アイドルだったらしく、今でも十分美しい。


 ハイソの匂いを漂わせ、「城」という共通の趣味が無ければ、兼弘には一生縁の無い人種に思えていた。


 その劣等感からか曽根と話していると、兼弘は何時の間にか若干へりくだった口調になってしまう。


「……あ、良いですよ、私、もう少し、ここで景色を眺めていたいから」


「泊くん、君、そういうネクラな所がいけないんだよ。だから、奥さん、ついてきてくれないんだ」


「はぁ……女房は……今日、少し具合が悪くて」


「残念です。私も奥様とお会いできるのを、楽しみにしておりましたのに」


 曽根とペアルックのジャケットを羽織り、知香は屈託のない笑顔を見せた。何気なく繋いでいる二人の両手が憎らしい。






 ああ、そら、そうだわなぁ。


 こんな女房がいてくれたら、そりゃ気力も湧くし、積極性も出るわなぁ。






 内心そう思いつつ、兼弘は曽根に近づき、耳元で囁く。


「曽根さん……え~、できれば、ですね。例の件、ここでお話を聞きたいんですけど」


 曽根は頷き、さり気なく知香へ言葉を掛けた。


「泊君と少し男同士の話をしたい。下の喫茶店で待っててくれないか?」


「ふふっ、あなた、何か悪だくみ、なさってるんじゃないの?」


「真面目な泊君と一緒なんだぞ。彼は信用できるだろ?」


「さあ、どうかしら?」


 知香は夫を軽くつねって見せ、順路の奥へ歩き出した。

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