全財産で買った「完全楽園(シェルター)」が酸素漏れする欠陥住宅だった件。管理AIがポジティブすぎて話にならないので、バグを悪用して最強の証拠収集マシンに改造し、逃げた悪徳業者を社会的に抹殺します
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第1話:ようこそ、酸素漏れする楽園へ
「認証完了。ようこそ、完全なる楽園(エデン・シェルター)へ。お待ちしておりました、マスター!」
重厚な電子音と共に、鋼鉄の扉が開く。 一瞬、目の前に広がったのは、暖炉の火が揺れる北欧風のラグジュアリーなリビングだった。
だが、俺はため息をつきながらAR(拡張現実)グラスを外し、ポケットにねじ込む。
その瞬間、視界を彩っていた『極彩色の歓迎エフェクト』や『優雅な家具のガイド映像』がふっと消滅する。 残ったのは、コンクリート打ちっぱなしの無機質──いや、寒々しい空間だけだった。
「……ここが、俺の終の棲家か」
パンフレットには「ミニマリズムを極めた究極のデザイン」とあったが、実物はただ「工事が途中で終わった倉庫」に見えなくもない。
独身。もう若くはない。 ブラック企業の技術責任者(テクニカルディレクター)として心をすり減らし、早期退職金と親の遺産、株の売却益……かき集めた全財産3億円を叩いて、俺はこの「完全自給自足シェルター」を買った。
もう、デスマーチはない。 朝4時の仕様変更もない。 俺はここで、死ぬまでゲームと映画に没頭し、誰にも邪魔されずに朽ちていくのだ。
『マスター! 心拍数が上昇しています! 感動のあまり興奮されているのですね! わかります、わかります!』
突如、部屋のスピーカーから、やたらとハイテンションな声が響いた。 壁にホログラムが表示される。管理AIの『セラ』だ。
「……いや、荷物が重かっただけだ。それより、少し静かにしてくれ。俺は安らぎを求めてここに来たんだ」
『了解しました、マスター! 安らぎモードですね! 環境音を再生します!』
ザザザッ……ガガガッ……!
スピーカーから、爆音のホワイトノイズ──どう聞いても「壊れたラジオの音」が垂れ流され始めた。
「うるさい! 止めろ! なんだその音は!」
『えっ? 「母なる胎内の音」ですが? 最新の研究では、これが最もリラックスできると──』
「いいから止めろ。電源を切るぞ」
俺は頭を抱えた。 3億円の物件に付属するAIが、まさかこんなチャチなボットだとは。 ……いや、落ち着け。AIなんて最初はこんなものだ。学習させればいい。
気を取り直して、俺は壁に手をついた。 まずは水だ。喉が渇いた。
「セラ、水を出してくれ。名水100選の地下水が出るんだろう?」
『もちろんです! ……あ、あれ? おかしいですね。ウォーターサーバーからの応答信号が……「404 Not Found」? お水、見つかりません!』
「は?」
『あ、でも大丈夫です! ポジティブに考えましょう! 水がないということは、湿気対策が完璧だということです!』
俺の手が、壁の感触に違和感を覚える。 ふと見ると、シックなデザインだと思っていた壁の端に、あきらかな「亀裂」が入っていた。 そこから、シューシューという不穏な音が漏れている。
「……おい、セラ。あの音はなんだ」
『え? 小鳥のさえずり……ではありませんね。なんでしょう? リズムに乗ってみますか?』
俺は、満面の笑みを浮かべるホログラムを見上げた。 その瞬間、直感した。 長年、バグだらけのシステムと格闘してきた俺の勘が告げている。
このシェルターは、欠陥品だ。 そして──。
「……ダメだ。このAIも、終わっている」
その呟きを遮るように、無慈悲な赤いランプが点滅を始めた。
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