第20話
優雅なワルツの調べが、大広間に響き渡り始めました。
それは、私たちと、アレン王子たちとの直接対決のゴングでもあります。
「……ギルバート様、深呼吸を」
私が囁くと、ギルバート様は大きく息を吸い込み、そして吐き出しました。
「……よし。足を踏んだら、その時は私の足を斬って詫びよう」
「そんな血なまぐさいダンスは嫌ですわ。ただ、私を見ていてくださればいいのです」
私は彼の手を握り、一歩を踏み出しました。
ギルバート様の動きは、決して洗練された宮廷風のものではありません。
武人らしく、一つ一つの動作が重く、カクカクとしています。
しかし、そのリードは驚くほど丁寧で、私を転ばせないようにという細心の注意と優しさに満ちていました。
「ワン、ツー、スリー……」
私が小さくカウントを刻むと、彼はそれに合わせて懸命にステップを踏みます。
その真剣な眼差し。
額に滲む汗。
そして、胸元の赤いワインのシミさえも、彼が私を守った勲章として輝いて見えました。
「あら、見て。ギルバート様のダンス、意外と……」
「ええ。不器用だけど、ニナリー様を大切にしているのが伝わってくるわ」
「なんだか応援したくなるわね」
周囲の貴族たちから、温かな視線と囁きが漏れ始めます。
完璧な技術よりも、そこに込められた「想い」が、見る人の心を動かしているのです。
一方、その横で繰り広げられていたのは、喜劇(コメディ)でした。
「痛っ! ミューア! また足を踏んだぞ!」
「ご、ごめんなさぁい! だってアレン様が急に回るからぁ!」
アレン様は「格の違い」を見せつけようと、無駄に激しい回転や複雑なステップを多用していました。
しかし、運動神経の鈍いミューア様がそれについていけるはずもありません。
「もっと優雅に踊れんのか! 私のリードに合わせろ!」
「無理よぉ! 目が回るぅ……!」
アレン様が強引にミューア様を振り回すたびに、彼女のピンク色のドレスが遠心力でめくれ上がり、悲鳴が上がります。
ドスン!
ついに二人は足をもつれさせ、盛大に床に転倒しました。
「ぶべっ!」
「きゃあっ!」
音楽が止まり、会場中が静まり返りました。
そして、次の瞬間。
ぷくく……という忍び笑いが、あちこちから漏れ聞こえてきました。
「あーあ、王子様が転んだぞ」
「格の違いって、あれのこと?」
「お似合いのカップルね、悪い意味で」
嘲笑の的となったアレン様は、顔を真っ赤にして立ち上がりました。
「な、何がおかしい! 床が滑りやすかっただけだ! 清掃係の怠慢だ!」
またしても責任転嫁。
私はギルバート様と共に、最後のポーズを優雅に決め、静かに拍手を送りました。
「お見事でしたわ、殿下。あそこまで体を張ったギャグを見せていただけるとは」
「ニ、ニナリー! 貴様、笑っているな!?」
「ええ、笑わずにはいられませんもの。……さて」
私は扇をパチリと閉じ、表情を一変させました。
ダンス対決は私の圧勝。
しかし、本当のショーはこれからです。
「皆様、お楽しみいただけましたでしょうか? では、ここからは『余興』の第二幕をご覧に入れましょう」
私は手を挙げました。
すると、会場の扉が開き、大量の紙束を抱えたセバスチャンと数人の文官たちが入ってきました。
「な、なんだ? 書類?」
アレン様が怪訝な顔をします。
「ええ。私が不在の間、アレン様とミューア様が行った『公務』の成果物ですわ」
私は一番上の書類を手に取り、高らかに読み上げました。
「まず一点目。先月、孤児院への寄付金として計上されていた金貨三百枚。……これ、実際に使われたのはどこでしょう?」
「そ、それは……孤児たちの服や食料に……」
アレン様が目を泳がせました。
私は冷徹に告げます。
「いいえ。王都の宝石店『ルミエール』からの請求書と照合したところ、同額のネックレスが購入されています。購入者は……ミューア男爵令嬢」
会場がざわめきました。
「なっ、横領か!?」
「孤児院の金を、女へのプレゼントに?」
「いえ、知らないわ! アレン様が『余った予算だ』って言ったのよ!」
ミューア様が叫びました。
「あら、ではこれは? 『橋の補修工事費』として計上された金貨五百枚。これも全額、ミューア様の実家の借金返済に充てられていますけれど?」
「!!」
「さらに、こちらの『外交機密費』。内訳は高級レストランでの食事代、エステ代、そして特注ドレス十着分の代金……」
私は次々と証拠書類を提示していきました。
セバスチャンたちが、その写しを周囲の貴族たちに配り始めます。
会場のざわめきは、怒号へと変わっていきました。
「ふざけるな! 我々の血税だぞ!」
「国が傾くわけだ!」
「最低の王子だ!」
アレン様は顔面蒼白になり、後ずさりました。
「ち、違う! 私は知らなかった! すべてミューアが……ミューアがねだったんだ!」
「はあ!? アレン様が『いいよいいよ』って判子を押したんじゃない!」
ミューア様も反撃に出ます。
「私、難しいことわかんなぁいって言ったのに、『僕が責任を持つ』って!」
「黙れ! この悪女め! 私をたぶらかしたな!」
「そっちこそ、私を利用したくせに!」
醜いなすりつけ合い。
まさに地獄絵図です。
私はため息をつき、冷ややかに二人を見下ろしました。
「……見苦しいですわよ、お二人とも」
私の声が響くと、二人はビクッと動きを止めました。
「アレン様。貴方は王族としての自覚が欠如しています。自分のサイン一つで、どれだけの血税が動くのか、理解していなかったのですか?」
「うっ……」
「そしてミューア様。貴女も同罪です。『知らなかった』『わからなかった』で済まされる金額ではありません。貴女が身につけているそのドレスも宝石も、すべて国民の汗と涙の結晶です」
私は一歩、二人に近づきました。
ギルバート様が、無言で私の背後を守ってくれています。
その絶対的な安心感があるからこそ、私は迷うことなく剣(言葉)を振るえるのです。
「さあ、覚悟はよろしくて?」
「くっ……お、お前ごときが!」
アレン様が逆上しました。
「私は王太子だぞ! たかが公爵令嬢が、私を裁けると思っているのか!」
彼は周囲を見回し、虚勢を張りました。
「誰か! この無礼な女を捕らえろ! こいつは私を陥れようとする『悪役令嬢』だ!」
しかし、動く衛兵はいませんでした。
誰もが、冷ややかな目で王子を見ています。
「……悪役令嬢、ですか」
私はフッと笑いました。
そして、扇をバッと開き、顔半分を隠して艶やかに宣言しました。
「ええ、そうですわね。私は悪役令嬢ですわ」
扇の隙間から覗く瞳は、ゾッとするほど冷たく、そして美しく輝いていたはずです。
「ただし……ただの悪役ではありません」
私は扇を閉じ、それを裁判官の木槌のようにピシャリと手のひらに打ち付けました。
「国を蝕む害虫を駆除し、腐った権力を断ち切る……『悪を裁く令嬢』ですわ!」
その言葉は、雷のように会場の空気を震わせました。
「かっこいい……」
誰かが呟きました。
拍手が、パラパラと起こり始めます。
それはすぐに波となり、雷鳴のような喝采となって大広間を包み込みました。
「ニナリー様万歳!」
「よく言った!」
「真の正義は彼女にある!」
アレン様とミューア様は、その音の波に飲み込まれ、孤立無援の孤島に取り残されました。
「そ、そんな……みんな、どうして……」
アレン様が呆然と立ち尽くします。
ミューア様はその場にへたり込み、泣き崩れました。
勝負あり。
私はギルバート様を見上げ、ウィンクを送りました。
「どう? 私の演説、決まっていました?」
「ああ。……惚れ直した」
ギルバート様は、嬉しそうに目を細めました。
しかし、まだ終わりではありません。
この騒ぎを聞きつけて、ついに「あの方」が重い腰を上げて登場するのですから。
「静粛に!!」
よく通る、威厳ある声が響き渡りました。
大広間の入り口に、国王陛下が近衛兵を引き連れて立っていました。
その顔には、父としての悲しみと、王としての決断の色が浮かんでいます。
さあ、断罪劇のフィナーレです。
アレン様、ミューア様。
本当の地獄は、ここからが本番ですわよ。
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