第5話

「ねえ、イレーネさんってどんな人?」

「え?」


 私はトーカの唐突な質問にドキッとする。


「いやあ、なんかさっきのルネの反応が気になっちゃって。真面目な話、入りにくかったしさ」


 やっぱり、あの時静かだったのはそういう事か。どうも空気は読めるみたいなんですよねこの子。


「あ、でも、確かミストのお兄さんの…………」


 トーカが口ごもるのは元恋人、という事だろう。


「……ええと、どこまで話したら良いでしょう。ミスト」

「構わない。私は昔、兄上といる所を見かけた程度の接点しかないからな」


 王女という身分は一番交流を持てそうだが、昔のミストは人見知りが激しかったなと思い返す。そんな彼女が10も年の離れた兄の恋人を紹介されても、さぞ困った事だろう。


 それに、王妃様も当時からイレーネさんを良く思ってなかったはずだ。ただ、逆に陛下からは気に入られていたと聞いた事がある。


 私はトーカにイレーネさんについて自分の知る限りの話をした。

 反乱勢力『ヴァイス・ガーベラ』のリーダーとしての彼女や、直接的な人柄についてはオルソンさんの方が詳しいので、私が話せるのはあくまで当時の有名な出来事や昔聞いた話だけですが。


 私はイレーネさんについての知る限りの知識、学院時代の彼女の実績や功績、改めて当時のグローム殿下との話を語った。多少は私の美化が入ってる気もしますが、気にしない。

 何故かミストは呆れているようですが、気にしない。気にしない。


「その人、乙女ゲーなら絶対主人公じゃん!!」


 私の話を聞き終わると、トーカが興奮気味に叫んだ。


「うん?」「はい?」「……なんだって?」


 オトメゲー?またトーカの世界の娯楽の一つだろうか。

「一般庶民で、光属性で、王立学院の特待生で、才女で、同級生の王子と恋仲なんて……」と、トーカはさらにブツブツ呟いている。


「それがそんなバッドエンドルートなんて最悪じゃん!」


 そう叫んだ後「なんかヤだなー」とこぼすトーカは、沈み込んだ様子で俯いてしまう。


「バッドエンド……」


 確かに、グローム殿下がもしイレーネさんと結ばれていたら現状は違った可能性もある。

 しかし、現実はそう甘くはないのだ。希少な光魔法の使い手とはいえ、庶民が王族に嫁ぐ事を歓迎する貴族がどれ程いるかを考えると容易ではない。それに、保守派が牛耳る現状では不可能だろう。


「あのなあ、トーカ嬢ちゃん。どっちも政治的な問題、互いの立場の問題がある。例え互いに未練があったにしろ無茶な話だ。それに、イレーネが生きてるかも解らないしな」


 オルソンさんが子供をたしなめる様に諭す。


「はあ!?シンデレラは王子様と幸せになれたんだよ!この世界に魔法はあっても奇跡はないのか!」


 トーカはそんなの知った事かと逆ギレし、両腕を振り上げなおも叫ぶ。


 シンデレラが誰かは知らないが、奇跡なんて神でもなければ起こせない。長い年月を掛けて体系化した魔法は技術となり、現実的な力となってしまった。

 それでも奇跡を求めるなら、禁忌の力でもない限り………「禁断魔法デファンドゥマギーなら……」と私はボソッと呟く。


「ルネ、それだ」


 ええと、何が?と私は間抜けな返事をしそうになって眼鏡がずれる。私は何を言った?


「まさか、また時間魔法でも使うつもりですか!」


 それで何をどうするつもりですかミスト。


「時間魔法?まさか、禁断魔法デファンドゥマギーか」


 あ、オルソンさんにはそこぼかしてたんでしたっけ。

 使ったのは研究中の試作の魔法とかなんとかって。



「一つ確認したいんだが、姫サマが使った魔法ってのは時間魔法なんだな?どうしてそんなモンを使える」


 頭を抱えたオルソンさんがミストに疑問をぶつける。


「先に明かしておくと、私の魔法属性は闇だ。そもそも、禁断魔法デファンドゥマギーとは光か闇の資質のある者のみが扱えるんだ」

「王族が闇属性ねえ、どうりで姫サマの資質が世間では認知されていない訳だ」


 オルソンさんは思うところがあった様で、顎に手をあて「なるほど」と頷く。


「ああ、希少とはいえ王族が闇の資質を持って生まれるのは、貴族連中からは良く思われない物だ。王宮でも昔から不吉の象徴だと陰口を叩かれていたのを知っている」


 淡々と話すミストの顔が僅かに陰る。


 ミストは学院でも先に習得していた四大元素エレメンツを駆使する事で本来の魔法資質は隠していた。実際、学院でもミストの本来の資質を知っているのは私を含めたごく僅かだ。


「なんで?闇魔法使いの王女様ってカッコいいじゃん!!」


 横から顔を覗かせるトーカが目を輝かせて興奮している。ミストは一瞬呆気にとられた顔をするとフフッと苦笑した。


「父上と同じ事を言うんだな君は」

「へえ?」

「父上もよくそう言って喜んでくれたものだ。………母上はそうではなかったけどね」


 ミストは「せめて資質が光なら、母上や周囲の目も違っただろうな。それを今さら私が望む訳ではないが」と呟くと、少し淋しそうな目をする。


 王妃様は名家の出自でプライドも高く、ミストには冷たく厳しい人でした。そのせいで保守派に取り込まれたのかも知れない。


「だが、そのおかげで父上は魔法学に興味を持った幼い頃の私に、書庫への出入りを許可してくれたんだ。城の者には変な顔をされたがね」


 ミストは兄妹の距離感が冷めているから気付いてないかも知れないが、実はグローム殿下も黙認していた、と思う。


 怖いので直接確かめた事はないですが。


「禁断魔法の研究については、初代国王が使っていた魔法について記された文献を見つけた事が発端だった。建国王は魔術王とも呼ばれる大魔法使いと言われているが、調べていくと禁断魔法デファンドゥマギーこそ彼の操る最大の魔法だと解ったんだ」

「ええ、その中の一つ『時間魔法』こそ、ミストと私が最初に手を着けた研究対象なんです」


 これらを解明すれぱ歴史的価値もある。ミストは未知への好奇心も強かった訳で。私は歴史の方が……失礼、脱線ですね。


「なるほど、それで禁断魔法デファンドゥマギーに手を出したってのか。建国王の話は興味深くはあるが、危ない魔法ってのは解っていただろ。それにルネの嬢ちゃんは止められらたよな?」


 オルソンさんは頭を搔きながら深く嘆息する。

 うっ……私も最初は止めたんですよ?という言い訳は通用しそうにない。私も既に同罪なので。


「はあ……んで?時間魔法を使うとして、何をどうやって解決出来るってんだ。広場の災害もソレが原因なんだろうが」


 オルソンさんが理解し難いと首を捻る。


「これは本当に都合が良い考えだとは思うが、まだあの場に兄上とイレーネがいれば二人を通して特別な過去視を使える。もしまだ二人にわだかまりがあるなら何か糸口が見える、と思う」


 二人にその過去視を使うとして、それが解決に繋がるかはわからない。過去視とは、本来は術者が相手の過去の一部を覗く魔法。

 しかし、光闇の資質が揃えば複数の対象でもソレを像として映す事が出来る。……はずなのですが、もちろん一度も試せたハズもなくぶっつけ本番しかない。

 第一、条件が合っても二人に協力して貰えるでしょうか?


「ミスト、じゃあお兄さんと話す覚悟は決まったんだ?」

「……ああ」


 ミストが深く頷くとトーカは良かった、とニカッと笑う。


「実はさあーあたしは家出少女だったのですよ。この世界に跳ばされる前にさ、兄ちゃんとすっごい大喧嘩してあったま来て、姉ちゃんのトコ行ってやるー!って。あ、あたし三姉弟の末っ子なんだーテヘ」


 サラッと急な新情報を軽い調子で話すトーカ。どうりで妹感ある子だと思いましたよ、と妙に納得してしまう私。


「でもやっぱりさ、ここに来て兄ちゃんに会いたいなって思っちゃうんだよね。で、姉ちゃんにも会いたい」


 なるほど、あの時の真剣さや寂しそうな顔をしていたのはそういう訳でしたか。トーカは明るく振る舞ってる様で、ちゃんと寂しさや不安もあったんですね。私は少し安心しました。


「トーカ、やはり君は元の世界へ還りたいのでは……」

「あーーーー!はい!湿っぽいの終わり!!」


 ミストがトーカを気にして言いかけると、トーカは気持ちを切り替える為か大声を出して遮る。


「それでも今はこの世界にいたいんだ。で、ミストがお兄さんと仲直りしてさ、イレーネさんとお兄さんも元通りの関係になったら良いよね」


 それは理想論だと思いますが、トーカのそういうところは私も好ましいと思うのでした。



 応接室のテーブルに置かれた中型の箱形の機械が、ヴィーン……と鳴る。オルソンさんが箱の上部に着いた小箱の取っ手を取ると、中の穴から男性の声が聴こえてくる。


 驚いた、これは通信魔法機器だったのか。

 魔導機械はあまりこの国では実用化されていないので、私も現物は初めて見る。


 機械にはあまり興味を示さないミストも物珍しそうにしている。


「お、何コレ電話?変な形だー」


 ……デンワ?こういうモノがチキューにもあるのか、トーカが興味津々に箱型の機械を見ている。

 魔導機械は隣国で発達している技術なので、私も詳しくは知らない。この国でこういうモノを見ないのも、保守派の貴族がその存在を危険視しているからでしょうね。


『旦那、それで広場の様子ですが…………』


 偵察に出ている構成員の報告を聴くオルソンさんが、急に変な物でも口にしたかの様な顔になる。


「ん……はあ?そりゃどういう事だ?」

「どうした、オルソン」

「あー……うん、イレーネ嬢の無事が確認された。広場の災害も収まったらしい」

「本当ですか!?」


 朗報というべきか、イレーネさんが生きている。良かった……。


「ああ……だが、グロームも残っているらしい。流石に争ってはないみたいだな。事態の沈静化を優先したか」


 どういう状況なのだろう。未曾有の魔法災害を前に休戦、協力したという事でしょうか?

 思わぬ形ではあるけれど、これはもしかすると好機かも知れない。


「広場にはまだ、兄上もいるんだな?」

「ああ、そうだが……行くのか?」

「もちろん。今行かなければ機会を逃してしまうだろう」

「じゃあ、チャンスだね!」


 トーカが身を乗り出してグッと右手の親指を立てる。


「形式上は俺が嬢ちゃん達を突き出す事になるが、良いんだな?」

「構わない」

「ええ、ミストがそれで良いのであれば」


 ミストも私も、覚悟は決まった。オルソンさんであれば、ミストが殿下の追っ手に捕まって突き出されるよりは安心出来る。

 もちろん、私自身も異論はありません。


「あたしも!」


 そこへ、はい!とトーカが元気よく手を上げる。


「いや、トーカをこれ以上危険な目に巻き込む訳には……」

「そうですよ。これは私達の問題ですし、貴女はここで待っていて下さい」

「なーに言ってんの、ここまで来たら一蓮托生だよ!あたしの事は最後まで巻き込んでいーからさ!役に立つかはわからけないど。犯人は現場に戻るって言うじゃん」


 犯人……?それ、私達ですよ?

 とはいえ、流石に事態に巻き込まれた当人から一蓮托生と言われるのは申し訳ない気もしますが、その明るさだけでも今は心強いと思うのでした。


 そして、私達は覚悟を決めて現場に戻る事にしたのです。

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