この転生に意味はない

飯間紳助

プロローグ

 みんなはどんな人が好きなのだろう。


 美人な人? 優しい人? いやいや、違う違う。


 不幸な人だ。


 みんな結局不幸な人が好きなんだ。不幸な人は素晴らしい、その表情だけでも絵になる。


 不幸には種類があると思うんだ。別に僕も、足の小指をぶつけている人を見て「ああ、好きだ」と思うわけじゃない。


 どこかで不幸な人は、どこかでは幸せ者で憧れられる。世界にはいろいろな人がいる、死にたくない人もいれば、死にたいと思う人もいる。


 根拠は特になく、強いて言うなら僕だ。僕は狂気に憧れている、なぜなら狂人はいつも楽しそうだからだ。殴られて痛いはずなのに、平気そうだからだ。誰かに怒られていても楽しそうだからだ。


 でも本当は、痛みなんてどうでも良くなるくらい苦しいだけ。


 苦しんでいるものは美しい。みんなだって映画を見るとき悲しいシーンで涙を流すでしょ? そしてそれをみんな「感動」と呼ぶ。


 感動っていうのは必ずしも良いとは限らないだろう。でも多分、悪いものじゃない。感動っていうのは、いわば興奮みたいなもんだ。


 興奮してるときって全部楽しく感じられるでしょ。いつも全然笑えないようなしょうもないことで大笑いできる。


 つまり何が言いたいかと言うと「モテたかったら不幸になればいい」ってこと。



*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*

 

 

 小説は面白い、いやどっちかと言うとアニメが面白い。あくまで小説っていうのは、僕にとってはアニメのついでだ。


「おい、隅独すみひと! や、やばい」


  とても焦ったような様子でドタバタと、和彦かずひこが勢いよくこちらに向かってくる。そのまま勢い余って、僕の席に衝突し、ラノベが床に落ちる。


「……なに?」


 呆れた気持ちを隠しながら、事情を聞いてみる。


「ニュートンでも知らないような大発見をしちまったんだよ!」


「どうしたの?」


 和彦の話に耳を傾けながら、本をゆっくり拾い上げる。


「それはな、実は人は死ぬと、異世界に転生するっぽいんだよ!」


 和彦は目をキラキラさせながらまっすぐこっちを見てくる。


 何の発見でもないじゃん。


 ていうか全然ニュートン関係ないじゃん。


「お前その感じ、絶対信じてないだろ」

 

 そんなこと言われても、お前はそれはどうやって証明するんだよ。死んで異世界転生して、ゴブリンの首でも持ってまた戻ってきてくれんのか。


「お前の言葉にそこまで信憑性は無いし」


「分かった、なら説明してやるよ」


「いや、聞いてなーー」


「ーーさっき俺が歩いてたら! 天使に会ったんだよ!」 


 神様じゃなくて、天使かよ。


「それがガチの天使だったんだよ! なんか俺にーー」


 和彦は思い出すように語り始めるーー


 


*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*



 アスファルトを踏む音が、周りのガヤガヤした忙しい音にかき消されていく。

 

 今日も学校かー、何か面白いことないかな。それにしても、都会でもないのに朝からいつもうるさいな。


「ふわぁ〜あ」


 上を向き、頭の上で腕を組み、よくわからないポーズであくびをする。

 

 眠いな。


 いつもちゃんと寝ているのに、なぜか眠くなるんだよな。


「おはよう」


 あ、いつも挨拶してくるおばあさんじゃん。


 箒を持った、七十は軽く超えていそうなおばあさんが優しく微笑んで挨拶をしてくる。


「おはようございます」


「今日も皆んなこんな早くから出勤よ。ほんと抜かりない人たちだわよ」


 おばあさんは優しく微笑んだ顔を崩すことなく言う。


「はい、僕は学校ですけどね」


 そのままおばあちゃんを通り過ぎ、再び歩き出す。


「トンっ」


 ん? 何か落ちた?


 そう思い俺は振り返ると、社会人のような人が財布を落としてしまいそのまま気づかず、通り過ぎて行ってしまった。


 「ったく」


 俺はしゃがんで、それを拾って振り返る。


 「これ落としまーー」


 は?


 俺の目に映った光景は幻に思えた。


 さっきまで僕の目にはいろいろな建物や風景があった。だが、今、目に写っている光景は全部真っ白、建物も、風景も、色もすべて消え失せ、白に支配されていた。


 さっきまでのうるさかった車の音や、ガヤガヤした人の声なども全て消えていた。


 その空間はなんとなく心地良いような気もするし、何よりも怖いような気もする。


「あ、俺死んだん!?」


 俺がそう叫んだ瞬間。


 目の前に天から光が降りてきた。そこから白い翼の生えていない普通の人間のような、天使のようなよくわからない生物が舞い降りてきた。


 その天使のような演出で降りてきた人は、身長は日本人の平均程度でまだ成人していない未成年のように見えた。


 俺が混乱して口を開け、唖然としていると。


「こんにちは、僕の名前はスロメホ」


 その、スロメホと名乗る男は堂々とした顔で、翼もないのに浮きながら俺を見下す。


「へ?」


 スロメホは少しにやけながら反応を楽しんでいる様子。


「まぁ混乱するのも無理ない! でも君は今からとっても楽しいことができるんだよ!」

 

「なんか怪しいな」


「まあ、少し怪しいかもしれないけど、そんな言葉はもうこの状況では通用しない。もうこの場で怪しいと言う概念は、言葉は通用しないのさ」


 自信満々で語るスロメホに一言。


「何言ってんだお前?」


 俺が適当にそんなことを言うと一瞬空気が固まった。


「こんな状況下では何が起こってもおかしくないだろ?」


 普通にこいつ何言ってんの? 中二病なのかな。まあ、知能に差がありすぎると、まともな会話にならないって聞いたことがあるし。


「おい、今お前すごい失礼なこと思ったな!! まあ、確かになんかそれっぽいこと言っといた方がかっこいいから、今、適当に考えたこと言っただけだけど!」


 急に口調が子供っぽくなり、さっきのような強者感あふれる口調は消えてしまった。あの口調なかったらもはや、ただ浮いているだけのガキだな。


「それで、中二病キッズバカバカマンは、なんで俺をこんなとこに呼んだんだよ」


「いや小学生みたいなあだ名つけへんな!」


 スロメホは諦めたように、かっこつけたような表情をやめる。

 

「それはね! お前を異世界に転生させてあげるため!」


「いいい、異世界っ!?」


 俺は驚いて尻もちをつく。


 それに呼び方が「君」から「お前」になってるし。


 床は空気のようで、木材くらいには硬いようにも感じる不思議な感触。


「そう、異世界」


「確かに言われてみれば、今は異世界系アニメに出てきそうな状況だな!?」


「異世界転生なんて全オタクの夢だからな。僕に感謝しろよ? そして何より、お前は、めっちゃ!」


「主人公っぽいっ!!」


 スロメホは上を向き、指で目とほっぺの間くらいの部分を下に下げ、狂気的な顔をしてそう発する。


 うわ、きもっ。なんであんなんするんだろ、別に痛くはなさそうだけど、ポーズがきもい。


「お前さっきから失礼だな!」


「お前こそなんでさっきから俺が失礼なことが思ってることわかるんだよっ」


 俺がそう言うと、待ってました言わんばかりに作者はにやけ始める。


「知りたい? いや知りたいんだろう!!」


「実は僕は神様だから心が読めるんだ」


 何言ってんだろうこいつ。神様なんているわけねーだろバーカ。


「いや、異世界は信じてるのに神様信じてないのかよっ」


「心を読んでツッコミしてきた…!」


 やっぱりこいつきめぇ。


「ダメだ。これだと一生話が進まない、さっさと次の話に行くぞ」


 スロメホは落ち着いて、頭に手を当ててやれやれと動作をする。


「それでは今から行く世界はどんな世界か教えてやろう。まず、当たり前だが魔法がある」


「おお!」


 こりゃあ、ありがちな異世界転生系主人公に、俺もついになっちまったようだぜ。つまり異世界行けばハーレムパラダイスっつうことだな。


「いわゆる剣と魔法のファンタジー世界さ」


「まあでも、別に何か問題があってお前を呼んだわけじゃない」


「強いて言うなら僕の娯楽のためだ」


「だから、あっちの世界に行ったら好きにすればいい。それじゃ時間がないから、さっさと転生させてもらうぞ」


 なんだ。落ち着いて話せるじゃねーかこいつ。


「あれ? ていうか転移じゃなくて、転生なの?」


「転移はいろいろ難いんだよ」


「それじゃあもう始めるよ」


 スロメホが合図するのと同時に、足元が青色に光り出したと思うと、そこには複雑な半径3メートルほどの魔方陣が描かれていた。


「おお、何か花火見てる気分」


「どうだ、きれいな青色だろ? 僕は、この魔法でしか出せない感じの色が結構好きなんだよね」


 スロメホは一人で納得したような様子になっている。


「よし、発動させるぞ!」


「うん」


 スロメホは力を込め始め、魔方陣から青い光が溢れ出す。


「あ、ちょっと待った」


「え?」


 スロメホの驚きの声とともに、魔法陣が消える。


「別にあと一人ぐらいついでに連れていっていいよな?」


「いやいや、主人公は一人と相場で決まっているでしょうが!」


「一生のお願い!!」


 どうせすぐに転生するので、ここで一生の願いを使っておくか。


「ずる賢いな!!」


「まあ、別にそこまで問題はないんだけど…」


「まあ、そういうことなら元の世界に戻すから、一回死んできて?」


 スロメホはそんな暴論を当たり前のように言う。


「いや怖!」


「いやだよ死ぬなんーー」


「はいはい、そんなこと知りません。お前が死なないようなら、世界をお前が死ぬように操作しちゃうから、さよなら」


 おいおい嫌だって、死ぬなんて怖いし痛そうだもん。


 全力で暴れるがいまひとつ効果は無い。


「ちょっとまーー」

 

 そうしてスロメホが指パッチンをするのと、同時に道路に風景が戻っていた。


 どうやら俺があそこの空間にいる間も、時間は進んでいたようだ。


「財布どうしよう……」



*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*


「ってことがあったんだよ!」


 アニメの見過ぎで、ついに頭がいっちまったようだ。


「それならなんで平然と今ここにいるの?」


「それに関しては、俺は後々から気づいたんだよ。それなら別に死ななければよくね? ってことになぁ!!」


 和彦はいつの間にか僕の机の上で座禅を組んで、上を向き、指で目とほっぺの間くらいの部分を下に下げ、狂気的な顔をしていた。


「なにしてんの…?」


「うわっ! ミスった。なぜかあいつと同じポーズを……」


 そう言って、焦りながら即座に机から降りる。


 うわ怖。ついに和彦も中二病になっちまったようだな。中二病もここまで来ると中二病とか言って笑ってられないな、もうこれ1種の精神支配だぞ。


 まあ、どうでもいいか。こんな中学生でも考えれそうな話誰が信じるのか。


「うん、よかったねぇ」


「いや、ガチだから!」


「じゃあその話が100%創作である事は置いといて、もし仮にそれが本当なら、お前は今から死ぬってことじゃん?」


 そんな何言ってんだこいつって顔で見ないで欲しいところだ。


 つまりこの話嘘だろうが、本当だろうが、こいつに得は無いのだ。嘘なら、嘘をつくことで得るはずだった何かを得れないし、本当ならこいつは死ぬ。


 ジ・エンドだ。


「だってそいつは、最後にお前が死ぬように世界を操作すると言っていたんだ。それが本当なら、お前は死ぬんじゃないか?」


 僕が優しく説明してあげると、何故か和彦は呆れたような顔になる。


「天使じゃそんなことできねーよ。隅独はバカだなぁ」


「いやどう考えても、そいつ天使じゃなくて神様だと思うけーー」


「いや神様なんていないよ。頭大丈夫?」


 僕の声にかぶせるように和彦は冷静にそう言いながら、僕の顔を覗き込むように自分の顔を近づけた。


 圧がすごい。


「お前、神様になにされたんだよ……」



*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*


 

 次の日。またもや同じ話題になり、さらに話を進める。


「それでは本題に入るが、ひとまずそいつが天使か神様かは置いといて、まずまずそれが100%嘘のことも置いといて、もし仮にそれが本当だとした場合、お前は殺されると言うことだ」


 僕は少し呆れつつも冷静に話す。なんでいちいちこんなこと、説明しなきゃいけないのか。


「ちょっとよくわかんないけどまぁそれは理解したよ。じゃぁ俺どうしたらいいんだよ?」


「あきらめて死ね」


「いや、いやだよ!」


 いつからこんなしょうもない嘘をつくようになったのか…。それにしても、こいつにしては嘘をつくのが上手いな。こいつめっっちゃ分かりやすいのに。


 少し悩みどころだけど、ざっくりな確率にして考えてみよう。まずこいつがこのストーリーを考えてきて、その上、僕に嘘をついてると悟られず話せる確率、0.1%。次にこいつの話が全部本当で死んだら、異世界転生できる確率、0.000000000000000001。


 うん、こいつは嘘をついている。もうめんどくさいし、それっぽいこと言ってこの話終わらせるか。

 

「まあ安心しろ、お前は絶対に死なない」


「いや、さっきまで、このままだと死ぬぞ? みたいなこと言ってたじゃん」


「あ〜、あれは嘘だ。とりあえずお前は死なん」


 和彦は納得してない様子で、疑心暗鬼の目でこっちを睨んでくる。


「いや、でもーー」


「死なん!!」


 和彦の声に被せるように叫ぶ。


 そうすると、結構声が出ていたので、生徒たちから注目される。


「こ、こほんっ」


 間違えて大きな声を出してしまった。まあ、これでわかっただろう。


「まあ、そう言うなら…。じゃあ今日も一緒に帰ろうぜ」


「わかったわかった」



*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*




 いつもの帰り道。周りは妙にとても静かでコンクリートを踏む音だけが響く。


「そんでさ〜!」


 僕らは他愛のない会話をしながら、いつも通り家へ向かって歩く。


「それにしても、本当に車通りが少ないね」


「いや、そうだよな! 俺たち以外に人も全然いねえし、まあいつも人はあんまないけど、それにしても車通りが少ない」


 そんなこと言っていると前に見える交差点から、一台のトラックが出てくる。


「いや、何故かこういうこと言うとすぐ出てくるよな!」


 和彦はそんなこと言って楽しげに笑う。


「それにしても今日のお前の創り話、なかなかの出来だったよ」


「いや、創り話じゃねーから。でも今思うと多分夢見てたんだわ!」


 確かにそれだと、こいつが嘘をついていることを悟られずに僕に話したことも、こいつじゃ考えられないような創り話を創れたことも合致が行くかも。意外と夢の中だとそういうの思いついたりするんだよな。


「おお、確かにそれが一番確率が高いかもな」


 なんとなく和彦の方を見て反応すると、和彦と目が合う。


「だよな。さすがにそんなこと現実であるわけないもんなぁ」


 少しずつ耳に届くアスファルトを摩擦する音や、低いエンジン音が大きくなっていく。


「その通りだ」


 僕はそう言い放ち、納得して首を前へ向ける。


「バァァン!!」





 




 




 

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