カラス店主の営む喫茶店
月影詠猫
Episode.1_路地奥の喫茶店
「すみません、この人知りませんか?」
大学2年の『
「ごめんなさい、分からないです」
申し訳なさそうに言われ、桜井は、肩を落とす。
「そうですか……すみません、ありがとうございます」
桜井は、頭を下げる。女性が紙を返してきたので、それを受け取り再び頭を下げた。女性は、ヒールをカツカツと鳴らしながら、駅の中に入っていった。やはり、そう簡単には見つからない。もう、2年も行方不明の人物を探すのは難しいと、桜井は思った。
「あの……」
「…!」
桜井の後ろから声をかけられる。桜井は慌ててそちらに振り返り、その声の主の方へ視線を向けた。そこには、先程とは別のショートヘアの女性立っていた。身なり的に、高校生くらいだろうか。
「誰か、探してるんですか?」
彼女は、桜井の持っている紙を見て尋ねてきた。
「はい……。あの、知りませんか? この人なんですけど」
桜井は、持っていた紙を彼女に見せる。彼女は、しばらくそれを見つめたが、目を閉じて首を横に振った。
「すみません、分からないです」
「そう、ですか……ありがとうございます」
桜井は肩を落とす。声をかけてきたのだから、何か知っているものだと思っていたのだが、そうではなかったらしい。桜井は、彼女にペコッと頭を下げて立ち去ろうとした。
「あの!」
再び彼女に声をかけられ、桜井が振り返る。
「あの……えっと……」
彼女は、何やら迷っている様子だった。伝えるべきか否か、どう伝えるべきか、言葉を選んでいる様に見えた。桜井がしばらく、彼女の事を眺めていると、彼女は意を決したように話し始めた。
「あの、もし、何か困っていることがあるのなら、『カラスの喫茶店』に行ってみてください」
「『カラスの喫茶店』……?」
聞いた事のない名前だった。そんな名前の喫茶店、この辺にあっただろうか。桜井が疑問に思っていると、彼女はオドオドした様子で話す。
「そこに行けば、その……何か分かるかも、しれないです。そこの『店主』に頼めば……」
彼女は、自信なさげな様子だ。確証は無い。しかし、その情報が桜井にとって、有益な情報になり得るかもしれないと、ほんの少しの希望を持って話している。桜井には、そのように見えた。
「……ありがとう、教えてくれて」
「い、いえ……」
桜井がお礼を言うと、彼女は少し焦ったように笑った。声が震えている。
「その『カラスの喫茶店』?ってところは、どこに?」
桜井が尋ねる。すると、彼女はオドオドした様子で桜井の背後を指さした。桜井がそちらへ視線を向ける。
「あそこに路地があるの、見えますか?」
「路地?」
「ゲームセンターの所です」
桜井はゲームセンターを探す。すると、今いる駅の入口から10メートルほど離れた右側に、小さなゲームセンターがあるのが見えた。そしてそのゲームセンターの横に、奥へ続く道が続いていることも、桜井は視認した。
「あの路地を入って、一番奥に、その喫茶店があります。 路地裏は昼でも薄暗いので、明かりが付いているのが分かると思います。 他のお店は無いので……」
「分かった。 ありがとう、行ってみるよ」
「は、はい……頑張って、くださいね」
「うん、ありがとう」
彼女はフッと微笑むと、路地とは反対方向に歩いていった。
「……喫茶店」
桜井は、路地の方へ振り返る。先程の彼女が教えてくれた情報は、確証の無いものだ。その『カラスの喫茶店』という場所に行ったところで、「アイツ」が戻ってくる保証なんて、どこにも無い。
「でも……ほんの少しでも、希望があるのなら……」
もしかすれば、「アイツ」が戻ってくるかもしれない。そこの店主が何かを知ってるかもしれない。
「……行ってみよう」
桜井は、その喫茶店に賭けることにした。桜井は、持っている紙をキュッと握り締め、歩みを進めた。
***
ゲームセンターを横切り、路地の中に入る。そこは、大通りの賑わいが嘘のように静まり返った空間が広がっていた。人気は無く、汚くは無いものの、大通りのようには手入れがされていない道が、奥まで続いている。後ろの大通りの賑わいの音が遠く聞こえる。桜井は、別の世界に迷い込んだかのような感覚を覚えた。
「こんなところに、喫茶店なんてあるのか……?」
桜井はこの異様な空間を、ほんの少し震える足で進んでいく。本当に喫茶店なんてあるのか。桜井の精神は、徐々に不安になっていく。約5分間、桜井はその路地を進んだ。やけに長いと感じながら、疑心暗鬼になりながらも、ほんの少しの希望を頼りに、歩を進めていく。
「……あっ」
ふと、桜井が顔を上げた。その視線の先に、ぼんやりとクリーム色の明かりが見えた。薄暗い路地の為か、かなり目立っている。
「あそこかな……」
桜井は、その明かりに向かって歩き始めた。目の前まで来ると、そこには黒板で出来た「メニュー看板」が店の入口前に置かれていた。メニューには、手書きの文字で「コーヒー400円」、「紅茶400円」、「たまごサンド600円」などと書かれている。そして、ドアには『カラスの喫茶店』という文字が印字されており、その下辺りに「OPEN」の丸い立て札がぶら下がっていた。
「ここが『カラスの喫茶店』……」
桜井は、一度後ろに下がり、店を見渡し、周囲を見渡した。店は、長い鉢植えに入った可愛らしい花が植えられており、その花弁には蝶が止まっている。窓があり、そこから中を覗くと、カウンターらしき場所に、ひとつの人影のようなモノが見えた。他に人影は無いように見えた。中は薄暗く、その人物の顔はよく見えない。
(入って、いいのかな……)
桜井が中を覗きながら戸惑っていると、中にいるその人物と目が合ってしまった。桜井の身体がビクッと跳ね、慌てて窓から離れる。
(ヤバい……怪しいヤツに思われたかな……)
桜井は、自分の行動を責めた。中に入りもせず、ジロジロと外から店内を覗いていたのだ。不審者だと疑われても仕方がない。
「やっぱり帰ろう……こんな所に『アイツ』の情報なんて……」
桜井は肩を落とす。こんな
「不審者に間違われる前に帰ろう……」
桜井は、来た道を戻ろうと、数歩進んだ。その時、カランカランっと鐘の音と共に店のドアが開く。
「おや、帰るのかい?」
「…!」
後ろから声をかけられ、桜井は驚きながら振り返る。そこには、黒いズボンを着て、白いワイシャツの上から黒エプロンをした、高身長の人物が立っていた。声は、かなり低めの男性のものだ。しかし、桜井は上に視線を滑らせ、「それ」を見て目を見開いた。
「せっかく来たんだ、コーヒーの1杯くらい飲んでいかないかい?サービスするよ」
その、声の主の頭を見て、桜井は言葉を失った。何故なら、その声の主の頭は人間のものではなかったのだ。真っ黒な毛のようなモノで覆われ、同じく真っ黒な宝石のような眼を持つその頭は、正しく「鳥人間」を連想させる容姿をしていた。
(黒い……鳥頭!?)
桜井がその姿を見て固まっていると、その鳥人間は、桜井の目の前に自分の顔を近づかせた。
「ん? どうしたんだい? そんな化け物でも見たような目をして」
「っ!!」
桜井の眼を真っ直ぐ見る鳥人間は、桜井の全てを見透かしているかのような眼をしていた。桜井の身体は、さらに固まる。逃げたくても逃げられない。金縛りにあったかのように動かなかった。
そんな桜井の様子を見た鳥人間は、腰と下顎、
しばらく、桜井の事を上から下まで眺めていた鳥人間が、「ふむ」と呟いた。桜井の身体が強ばる。
「コーヒーが飲めないのなら、紅茶もあるんだが……どうだい?」
フッと笑った鳥人間が桜井に尋ねる。正直、桜井は逃げたくて仕方がなかった。しかし、桜井の直感が告げた。「ここで逃げれば後悔する」と。
「……お、邪魔、します」
「うん、どうぞ〜」
カランカランと、鳥人間がドアを開け、中に入るように促す。桜井は、ガチガチに固まった足を必死に動かして、店内に入った。
……To be continued
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