顔がタイプじゃないからと、結婚を引き延ばされた本当の理由

翠月るるな

第1話


「ねえメルセス。いったいいつまで、私たちはこのままなの?」


 昼食後の麗らかな時間、屋敷の庭でティータイムを楽しんでいたメルセス・カールベルは、突然現れた婚約者のセシリア・ハーヴェストを見て眉間にシワを寄せる。紅の短い髪は風に揺れ、水色の瞳には『面倒だ』と言わんばかりの影が浮かべた。


 だがセシリアは、それに怯むことなく続ける。


「すでに周りは結婚しているわ。私たちだけなのよ? そろそろいい加減、話を進めたいの」


 彼女の言う通り、二人が婚約して早一年が経とうとしていた。同じ頃に婚約した友人たちはもう、とっくに式をあげている。そんな周りを見ていて、二人の家族も当然会うたび聞いてくる。貴方たちはいつ結婚するの?と。


 鳥の羽のように鮮やかな緑の髪を緩く結び、パッチリした紺の瞳を持つセシリアは今日こそは、と日取りを相談するために婚約者を訪れた。


 しかしメルセスは、一つ息を吐き出すと立ち上がり、諭すように彼女の肩に手を置き、言葉を連ねる。


「だから何度も言っただろう? すぐに式をあげる必要なんてない。僕らは僕らのペースでいいじゃないか」

「そう言い続けてどのくらい経ったと思うの? 周りはもうみんな結婚してるじゃない!」

「周りは周りだ。どうして僕のことを信じられない?」

「このやり取りが数えきれないくらい繰り返されたからよ! ねえ、本当のことを言って? 他に好きな相手でもいるのでしょう?」

「そんなことあるわけないだろ!」

「ならどうして! どうしてなの?! いい加減、理由を教えて!」

「それは……」

「それは?!」


 言いよどむメルセス。畳み掛けるようにセシリアが言う。


「今なら怒らないし、何も咎めない! だから教えて! メルセス!!」

「君の……」

「私の?」

「君の顔が…………好みじゃないんだ!!」

「!!?」


 意を決して口にする言葉。メルセスは堰を切ったように続ける。


「君のことは嫌いじゃない。料理も上手いし、器量良しで朗らかで一緒にいると落ち着く。安心するんだ。だけど……」

「好みじゃ、ない?」

「ごめん」


 セシリアの窺うような震える声に、メルセスは小さく返して項垂れる。セシリアは困惑で瞳を揺らし、戸惑うように一歩離れる。そのまま何も言えずに身を翻し駆け出した。


 一拍遅れて気づいたメルセスが叫ぶ。


「セシリア!!」


 けれど、セシリアは足を止めることなく去っていった。残されたメルセスは伸ばした手をゆっくりと下ろしていった。


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