第19話 真実はいつも──
こうして、出発の直前に起きた騒ぎは、なんとか無事に終わった。幸いなことに、トライデンの肩は切れてはおらず、軽い打ち身程度で済んでいた。コンラッドはまだ起き上がれないようだけど、もしケガをしていたとしても、それは自業自得と言うことで。
彼が倒れている横では、ジークとトライデンが今後について話し合っていた。コンラッドは「決闘」なんてほざいていたけど、こっちからすれば、いきなり襲われて、それを撃退しただけ。完全なる正当防衛だ。けど、相手が貴族の嫡男ともなると、そのまま放っておくことはできないらしい。
かけつけてきた衛兵に事情を説明し、念のため学長にも連絡をお願いして……と事後の対応を進めるジークに、私は提案した。
「なあ。こうなったら、出発は明日にせえへん?」
「うむ……そうだな。この学生の後始末に、かなり時間がとられそうだ。それにトライデンの鎧も、できれば修理をしておきたいところだな。彼にはケガはなかったが、その代償で皮鎧の肩の部分が、少し痛んでいる。旅はこれからだし、修理をするか、時間がかかるようなら代わりの鎧を用意しておくべきだろうな」
「そんなら、今日は出かけないってことで決まりやね。ほな、うちはちょっとばかり寄っときたいところができたんで、失礼するで」
「え? おい、どこへ──」
私はひらひらと手を振って、ジークたちの元を離れた。
そうして訪ねたのは、以前にも入ったことのある、女性用衣料の専門店だった。女性用下着を買った後、店長からメイド服やチャイナドレスや体操着をおすすめされた、あのお店だ。
あの時の店長さん、いるかな……と思いながらて店内を見まわすと、またしても背中の方から、「いらっしゃいませ」と声がかかった。振り向いたところにいたのは、店長のハイラインだ。この人の登場の仕方、心臓に悪いな。
「先日、おいでいただいたお客様ですね。あの節は、お客様に満足いただける品をお示しすることができず、失礼いたしました。
それで本日は、何かお探しでしょうか?」
「ああ、ハイラインさん、やったっけ。こないだはどうもな。実はやな、うち、今度この街を出ることになったんや。それでその前に、あんたに言っときたいことがあって」
「ほほう! と言いますと、オーダーメイドでのご注文でしょうか。こちらとしてもできるだけ急ぎで対応したいとは思うのですが、オーダーメイドともなりますと、どうしてもある程度のお時間はいただきたく──」
「ちゃうちゃう。そうやなくてやな」
私はハイラインの言葉をさえぎって、こう言った。
「こないだあんたが話してた暴力騒ぎの事件──あの犯人、あんたやろ?」
◇
「あの犯人、あんたやろ?」
私は断言した。けど、この言葉を聞いても、ハイラインは動じた様子は見せなかった。心持ち面白そうな表情になって、こう反駁してきた。
「犯人──とおっしゃられても、私には身に覚えがないのですが」
「ま、そう言うやろな。けどうちの方も、何の理由もなくこんなことを言ったんやないんや。
まず最初に、今回の事件について、あんたが教えてくれたことや。学生が急に暴れ出して、問題を起こすことが頻発している。もしかしたら、学園には呪いがかかってるか、変な魔物でもいるのかもしれない。確かこんなことを言うてたよね?
呪いとかの件はともかくとして、そういう騒ぎが起きているのは、本当やった。けど、考えてみるとこれ、おかしいんや。うちらが調べた限り、そういう事件が起きたのは4件だけ。しかもそのうちの3件は、起きたのはあんたと会った後かその直前で、普通ならあんたが知ることのできない話やった。これでどうして『頻発してる』なんて言えたんや?
ああ、事件は一件だけなのに、その一件が何件分もの噂になっていた、ってのは無しやで。もしもそんな噂があったら、うちらが調べた際に、うちらの耳にも入ってたはずやから」
「事件というものは一種の不祥事ですから、学園側がもみ消したのではありませんか?」
「その可能性も、なくはない。どれだけ調べても話が出なかったっちゅうのはやっぱおかしいけど、それでもなくはないやろ。
けど、だとすると別の問題がでてくるんや。学園の先生、冒険者ギルド、騎士や衛兵の人、学生たちに聞いてもまったく出てこなかった情報を、なんであんたが知ってたんや?
この店は女性客専用の衣料品店やから、学園や官庁と取引があるわけでもないやろ。なのにどうして、そんなことを知ってたのか。それは、あんたが情報を受け取る側ではなく、情報を作った側の人間だからや」
ハイラインは少し困ったような顔で小首を傾げて、
「情報を作った、とは?」
「要するに、騒ぎの原因を作った、っちゅうことや。あんた、事件が起きたのは呪いや魔物のせいとかごまかしとったけど、ほんまは違うやろ? あれは薬のせいや。
これはほんの偶然なんやけど、うち、学生さんがおかしくなったところを、実際に見ていてな。その子、おかしくなる直前に、薬みたいなもんを飲んでたんや。その後で卒業試験の試合をしたんやけど、薬を飲んだ後で急に強くなって、逆転で相手を倒してた。けど、そのあとにすぐ、暴れ出してしまったんや。
あれは間違いなく、ドーピングのための薬やな。それも、けっこう危ないやつ。あの薬を飲むと、一時的にかもしらんけど、普段より強くなれる。たぶん、自分の中の魔力を一種の暴走状態にして、それで爆発的な力を出させるんやろう。その副作用として、気持ちの方も変な興奮状態になって、暴れ出してしまうんや。あの様子だと、なんか後遺症みたいなもんも、あるのかもしれんね。
事件が最近になって頻発してたのは、卒業試験が直前に迫って、手軽に強くなろうとして薬に手を出す子が増えたからやろう」
「ですが、なぜ私がそのようなことをしなければならないのです? 私はこのとおり、洋服屋を営んでおります。薬物、それもおそらくは違法な薬物を扱うといった危険な商売には、手を出したりはしません。
それに、ここの学園の学生たちは、優れた素質を持った子ばかりです。国の宝とも言える、優秀な学生たちを害するようなまねを、どうして私がするというのでしょう?」
「それは、あんたがこの国の人間ではないからや。
あんた、ほんとは魔族やろ?」
私はこう断言した。ハイラインは驚いた顔になった。そして少し面白そうな表情もしたあと、すぐに真顔に戻って、
「それは聞き捨てなりませんね。どうして、そのように言い切れるのですか?」
「簡単な話や。魔族っちゅう種族は、ヒト族とだいたい同じ言葉をしゃべる。けど、方言みたいなのもあるらしくてな。特に違うのが字の読み方で、たとえば『au』はヒト族では『アウ』と読むのに、魔族だと『オ』と読んでしまう。こういう違いが、いろいろとあるらしいんや。
大事なのは、このことが、ヒト族の間ではほとんど知られていない、ってとこや。そらそうやな。魔族とヒト族は国ではなく民族のレベルで敵対してるんやから、ヒト族の国の街ん中で、魔族と話すことなんてない。ましてやここは、魔王国との国境から遠く離れた、王都の隣街なんやから。
うちも、発音の話は王城の授業で習ったんやけど、ついこの間まで忘れててな。でも、なんかの加減で思い出したんや。そしてそれと同時に、もう一つのことを思い出した。思い出したんは、あんたのセリフや。こないだこの店に来た時、うちがこれから学園に行かんといけん、って言うたら、あんたこう言って止めようとしたな。
『でしたらここを、学長室とでも思っていただければ』って」
私は、ハイライン(HaiRain)という名前の男に鋭い視線を送った。
「あの時は、ようわからんつまらんボケやなあ、と思っただけやったけど、字の読み方を思い出した時にピッタリきたんや。魔族は『ai』を『アイ』ではなく『エ』と読んで、単語の頭の『h』は発音しない。するとどうなると思う? 『ハイライン』は、魔族読みだと『エレン』と読める。つまり、学長さんの名前になるんやな。
あんたのつまらんボケは、実はこういう意味やったんや」
それでもあんまり面白くはないけどね、と私は心の中で付け足していた。大事な推理の途中だから、口には出さなかったけど。
「さっきも言うたけど、この話はヒト族ではほとんど知られていない。それに、たとえ知っとったとしても、あえてそんな読み方をするやつはおらんやろう。ってことは、この字をこんな読み方にするのは、魔族以外にはないことになる。つまり、あんたは魔族だったんや。
では、どうして魔族であるあんたが、こんなことをしたのか。目的ははっきりせんけど、この国との戦争がからんでるのは間違いないやろね。
一番ありそうなのは、後方を攪乱して、前線へ人や物を送り出すのを邪魔する、と言ったあたりやろか。それと同時に、この国の将来の指導層である学生たちを薬漬けにして、正常な判断力を無くさせたり、人によっては指導層から脱落させる。そうすることで、長期的にもこの国にダメージを与えることができる、なんて目的も、あったのかもしれんね。
ちゅうわけでやな。つまるところ、あんたが犯人なんや!」
私はハイラインに人指し指を突きつけて、こう宣言した。
真実は、いつもひとーつ!
私に犯人と断定されたハイラインは、苦笑いのような笑みを顔に浮かべた。そのまま、黙って何も言わなかった。その数秒後、彼はにっこりと笑うと、軽い調子でこう言った。
「いえ、違いますよ」
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