第10話 こっちのパターン、でもなかった

 そうこうしている間に、馬車はハイファンの南門に着いた。


 街に入る時、ジークは王子という身分は名乗らず、門を守る兵士に冒険者ギルドの「ギルドカード」を見せていた。これは、今回の旅のために作ったものだ。

 冒険者ギルドというのは、魔物退治や薬草採取などの依頼を冒険者に紹介して、その依頼を達成すると冒険者に依頼料を払ってくれる、というところ。よくある「異世界もの」の小説に出てくるものと、だいたい同じと思っていい。

 そこで発行されるギルドカードが、それなりの身分証明になるんだそうだ。私も一応、ギルドカードを持たされている。元の世界の身分証みたいに写真なんかはついていないけど、その人の「魔力のパターン」というものが登録されていて、専用の魔道具を使えば、本人かどうかの確認ができるのだそうだ。

 まあ、街の出入りをするくらいなら、一々魔力の確認なんかはされないみたいだけど。私たちも、特に何の文句も言われず、無事にハイファンの街の入ることができた。


 街に入ると、ジークはまず冒険者ギルドへ向かった。


「なんでギルドに行くんや? べつに、依頼をこなしながら旅をするわけでもないんやろ?」

「ここまでの道は国の主要街道だから、周囲の魔物などはある程度、駆除されている。が、この先はそうではない。また、馬車ではなく歩きでの旅になるから、移動速度も落ち、その分、魔物や盗賊に襲われやすくなると考えた方がいい。

 このあたりではまだ、それほど危険な魔物がいるわけではないと思うが、念のため周辺の状況を確認しておいた方がいいだろう」

「なるほどな」


 私たちはギルドのドアを開けた。初めて見る冒険者ギルドの中は、なんて言うか予想通りの光景だった。

 壁に張り出された依頼の紙、それを眺める強面の男たち(数は少ないが女性もいる)、何かいざこざでも起こしたのか険しい顔でにらみ合っている二人の男と、そのまわりで無責任なヤジを飛ばしているやじ馬。

 酒場が併設されているわけではないようだけど、なんとなく、場末の酒場を思い起こさせる光景だった。場末の酒場なんて行ったことないから、ただのイメージだけどね。

 そんな中を突っ切って、ジークはまっすぐに受付へ向かった。手短に用件を伝えると、受付の若い女性がうなずいて、何やら説明を始めた。こういう情報提供も、ギルドの業務の一つらしい。

 最初は私も話を聞いてたんだけど、ちょっと長くなってきた(なにしろ地名を知らないから、言ってることがよくわからない)ので、私は一歩引いて、ギルドの中を眺めていることにした。こういう騒々しさも、まあ異世界の光景の一つなんだろうなあ、なんて感想を抱きながら。

 すると、入り口から若い男の子が入ってきた。顔つきにはちょっと幼さが残っていて、元の世界なら高校生くらいだろうか。着ているのもブレザーに似た紺色の服で、これもどことなく、高校の制服みたい。

 この街には学園があるんだし、そこの学生さんかな? と思っていると、男の子は隣の受付に来て、


「冒険者登録の手続きをお願いします」


と言った。すると、近くにいた細身にモヒカンヘアの、いかにもチンピラ風な冒険者が、


「おいおいにいちゃん、ここはあんたみたいなガキが遊びに来るところじゃ──」


 そう言いながら、体を左右に揺すって、男の子に詰め寄っていった。


 お、これってひとつの、テンプレってやつですか?


 前にも言ったかもだけど、異世界ものの小説って、実はけっこう読んでたんだよね。テンプレものも、嫌いではなかった。テンプレって馬鹿にされがちだけど、テンプレにはテンプレの良さがあると思う。だからこそ、テンプレになったのだ。数を読んだら飽きてくるかもだけど、それはあなたがテンプレを好きすぎて、読みすぎたせいなのだ。諸説ありますが。

 えー、それはともかく。

 こういう時は、助けてあげる方がいいのかな? いや、こういうのは助けられるんじゃなくて、自分で自分の実力を見せてやるのがテンプレなのか。誰が主人公かによっていろんなパターンがあるけど、どれだろう。

 なんて思う間もなく、


「──ふどべ!」


 チンピラは「ひ○ぶ」をちょっとずらしたような言葉を吐きながら、後ろへ吹っ飛んでいった。

 受け身をとることもなく、後頭部を思いっ切り床に打ち付けて、ゴツンと大きな音が響いた。そのまま、起き上がってこない。体がぴくぴくと痙攣し、口からは血が流れ、鼻も変な風に曲がっているのが見える。そんなチンピラの姿を、さっきギルドに登録しようとしていた男の子が、右のこぶしを握りしめながらにらみつけていた。


 おー、こっちのパターンでしたか。


 まあテンプレにしても、ちょっと手を出すのが早かったような気もする。元の世界なら、まだ正当防衛が成立していない、傷害事件だろう。けど、まわりの冒険者たちは特に彼を止めようとはせず、中にはヒュウと口笛を鳴らす人もいた。彼が話しかけた受付の女性も、驚いた顔にはなってるものの、とがめ立てしようとはしていない。

 こっちの世界の決まりは良く知らないけど、冒険者って命がけの仕事で、荒くれ者が多い職業みたいだからね。よほどのことがないと、冒険者間のもめ事は自己責任らしい。もしかしたらこういう通過儀礼的なものを経て初めて、一人前の冒険者と認められるのかもしれないね。


 ……と思ってたんだけど、目の前の現実はこのパターンともまた、違っていたようだった。


「──なんだてめえこらこのぼくに向かって何しやがる。許さない許さないぞこらぁ!」


 男の子はそう叫ぶと、床に伸びたままの冒険者の上に飛び乗って、その顔を殴り始めたんだ。

 無抵抗の相手に向かって、情け容赦無い打撃を、二発、三発。それでもまだやめようとしない。まだ幼さが残っていたはずの顔は凶暴に歪んで、口からはよだれがたれていた。さすがにまわりも騒ぎだして、受付さんが「だ、誰か、止めてください!」と叫んだ。その声に応じて、近くにいた年かさの冒険者が、男の子に近寄っていった。


「おい若造。そのくらいにしてやれ。そのままじゃそいつ、死んじまうぞ」

「や、やかましい、死ぬなら死ねばいいんだ。くそ、死ね、おまえも死ね、死ね死ね死ね──」


 男の子はなんと、年かさの冒険者にも殴りかかっていった。が、さすがはベテラン(っぽい)冒険者。あっさりとその一撃をかわすと、逆に相手の腕をとって関節を決め、地面に押さえつけた。


「いいからおとなしくしろ。これ以上暴れると、肩がはずれちまうぞ」

「死ね、死ね、死ね死ね死ね──」


 肩を決められたまま、それでも男の子は暴れ続けた。が、突然、「ぎゃああ!」と叫んで、地面に突っ伏してしまった。そしてそのまま、ぴくりとも動かなくなった。彼の腕は、通常ではありえないくらいの角度で、背中から自分の頭に届くくらいに曲がっている。暴れすぎて本当に肩がはずれてしまい、その痛みで気を失ったらしい。

 私が呆然としながらその様子を見ていると、ジークが受付から戻ってきた。ちらりと男の子の方を見て、彼も少し眉をしかめた。


「話は終わったよ。この周辺では、魔物の異常な発生や大規模な山賊の存在などは、特に確認されていないそうだ」

「なあ。こっちの冒険者って、みんなあんなふうなん?」


 さすがに気になって、私は尋ねてみた。ジークは首を振って、


「いや。私もそこまで詳しいわけではないが、いくら冒険者が気が荒いと言っても、あんな騒ぎを起こすほどではない。あの制服からすると、彼はまだ学生だろうしね」

「あ、やっぱあの子、ここの学園の学生なんや」

「ああ。おそらくは、今度卒業するんだろう。ここの学生は、在学中は冒険者ギルドに登録することは認められていない。優秀な人材を育成するため、国費を投じているんだからね。そんな人材を、未熟な戦いで無駄に失うことは避けるべき、という判断からだ。

 ただ、卒業が間近になり、冒険者を進路に選んだ学生には、例外としてギルド登録が認められている。卒業後、冒険者としての活動がスムーズにできるようにとの配慮なんだが、しかし彼は心配だな。単に関節が外れただけならいいが、あそこまで無理な動きをしてしまうと、肩のあたりの骨や筋肉を、かなり痛めているんじゃないか。

 あれだけのパワーがあるんだから、ケガさえしなければ、将来有望な剣士になれると思うんだが……」


 学生は気を失ったまま、冒険者たちにかつがれて、壁際にある木の長椅子に運ばれていった。受付嬢は後ろにいた職員に、学園に連絡を取るよう指示をしている。そんな光景を横目で見ながら、私たちはドアに向かった。

 ギルドを出る直前、私は気になっていたことをジークに聞いた。


「なあ。なんかあの子、魔力が変になってなかった?」

「魔力? いや、私は何も感じなかったが……」


 ジークは首を振った。だけど、彼のジョブは「聖騎士」で、普通の騎士よりは魔力の扱いが得意だけど、魔導師の私ほどは魔力の動きに敏感ではない。私はさっき、確かに感じたんだ。


 あの暴れ出した学生の魔力が突然いびつに膨らんで、気味悪く乱れていたことに。



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