第3話 ツッコんじゃった

 訓練の他にも、いろんなことを勉強させられた。


 まずは、この世界についての基礎知識。どんな国があるかとか、どんな人が住んでいるとか、お金の種類とか日時の呼び方とか街への出入りの仕方とか、そういったことだ。

 たとえば、今いるこの国の名前はカーペンタリア王国で、魔族の国である魔王国は、正式にはアンタイル王国というんだそう。他にも習ったけど、私が関係あるのは、この二カ国くらいだろう。


 お金の種類は白金貨・大金貨・金貨・大銀貨・銀貨・大銅貨・銅貨の7つで、紙幣はない。もちろん、キャッシュレスのサービスなんてものもない。銅貨10枚が大銅貨1枚と同じで、大銅貨10枚が銀貨1枚と同じ……という感じに、順々に10倍になっていく。

 まだ実際に使ったことはないけど、聞いた感じだと、銅貨1枚で10円くらいの価値になるみたい。

 それから、一日は24時間、一月は30日で、一年は360日。これについては、地球とそれほど変わらないようだ。それぞれの月には長ったらしい正式名称があるらしいけど、これはこの世界の人もほとんど使うことはなくて、普通に一月、二月と呼ぶらしい。


 それから、なんだか今さらの話になってしまったかもだけど、私は召喚された直後から、この世界の人が何を話しているのかわかっていたし、こちらから話すこともできた。これは、「言語理解」と言うスキルが、召喚の時に組み込まれるようになっていたためらしい。

 そりゃそうだよね。言葉がわからないと、「こういったわけで、魔王を倒してください」とお願いするだけで、へたをすると年単位の時間がかかるもんね。

 このスキルはなかなかの優れもので、話し言葉だけでなく、書かれた文字も読めるし、書けてしまう。使ってる文字はアルファベットとも漢字ひらがなとも全然違うのに、なぜか頭の中に入って読めてしまうのは、不思議な感覚だ。

 話す時も書く時も、翻訳は自動的にされるみたいで、私的にはまったく普通に読み書きしている感覚だ。

 ただ、私が話すのって、関西弁なんだよね。あれってどんなふうに翻訳されているんだろう。この世界にある、似た感じの方言にされているのかな。コテコテの方言をしゃべり、ヒョウ柄の服のポケットに飴ちゃん入れてるおばちゃんがうようよしている地域が、こっちにもあるんだろうか。私、気になります。


 ここでついでに言っちゃうけど、私の関西弁って、実はネイティブじゃない。中学までは関東で、高校に上がる時に親の転勤で関西に来て、高校の三年間で関西弁に染まったんだ。大学はまた、関東に戻ったけどね。

 そのせいなのか、普段しゃべる時は関西弁なんだけど、真面目な話をする時や気分が落ち込んだ時、それから怒っていたりすると、どういうわけか関西弁ではなくなってしまう。

 と言うか普通の時も、口で話すのは関西弁でも、頭の中で考えてるのは標準語なんだよね。このあたり、生粋の関西弁の人って、どうなってるんだろう。やっぱり、頭の中まで関西弁なのかなあ。


 こういう授業の時には、先生役の人といろいろと話をした。そして、言語理解スキルは優秀だけど、それでもなお、話す時には気をつけなければいけないことがあるんだな、と思い知ったことがあった。


 ──ダジャレだ。


 わかってみればあたりまえなんだけど、日本語の発音とこの世界の発音は、全然違う。ということは、日本語ならシャレになっていたとしても、この世界の発音に変換されたら、シャレでも何でもなくなってしまう、ってことなんだよね。「布団がふっとんだ」が、「布団」を「ベッド」にしただけで、シャレではなくなるように。

 しばらくの間、私はこのことに気づいていなかった。そして、私はたびたび、シャレを口にしていた。なのにまったく反応がなかった。それどころか、なんだか引かれているというか、この子、大丈夫なの? と思われているような感じがしていた。

 この人たちって、全然シャレが通じないなあ。やっぱ、先生役の人って、真面目な人が選ばれるのかな。それとももしかして、このへんが文化の違いってやつなのかも……なんて思っていたんだけど、それ以前の話だったみたい。


 そのうえ、ボケとツッコミという文化も、この世界にはないらしい。これにも気がついていなかった私は、魔法の練習の時、例のふくよかな女魔導師の先生に「なんでやねん!」とやってしまい、突然頭をはたかれた先生からおびえの目で見られてしまった。気をつけないとね。

 ……あ、ちょっと待った。


 これってもしかして、地球でも同じだったのかも!


 関西人のノリで、そんなノリを持っていない地方の人に、無自覚にやってしまうことがあったかもしれない。私、生粋の関西人でもないのに。もしかしてあれって、ハラスメントだったの? ボケハラ。ツッコミハラ。しまった! 私の大学生活、スタートから失敗してたのかもしれない……。

 今なら、まだ取り戻せるよね? 召喚された時、地球では入学から1月も経っていなかったんだから。


 それから、召喚と言えば。

 召喚の時、突然倒れてしまった女の人がいたよね。あの、枢機卿とか言う、私を「聖女」にしてしまった人。あれから顔を見ていなかったので、一般常識の授業をしてくれた女の先生に、枢機卿の人はどうなったの? と聞いたことがあった。すると先生は、すこし間を置いた後、


「……大丈夫です。命に別状はありません」


とだけ答えた。


 なるほど、と思って、私はそれ以上は聞かなかった。


 「命に別状はない」は、文字どおり「死んではいない」という意味だ。「無傷」「健康」なわけではない。クマに襲われた人が、ニュースでは「命に別状はない」と言ってたのに、実際には片目がつぶされ、鼻をもがれた凄惨な状態だった、なんて話を聞いたことがある。確かに、死んではいないけどさあ。ちょっと言い方がおかしいでしょう。

 でもたぶん、あの枢機卿の人も、そんな感じなんだろうなあ……。

 ちなみに、クマって人を襲う時、まず急所である顔を狙うらしい。「今日も熊に襲われる事件が各地で発生しました」とニュースで流れていた時、被害者全員が顔をやられていた、なんてこともあったな。こっちの世界にもクマに似た魔物がいるそうなので、顔には気をつけないと。

 元の世界に戻った時、顔が傷だらけで友だちにびっくりされた、なんてことになったら、困るもんね。


 それから、戦う相手である「魔族」という人たちについても、ちょっとだけ教わった。


 性質が極悪非道だとか、存在自体が神に反しているとか、だいたいはそんな内容。けどまあそのあたりは、話半分というか、それ以下で聞いていた。これから戦争する相手を、ほめるはずがないし。

 見た目でいうと、ヒト族とそれほど変わりはなくて、「魔族」という言葉からイメージするような、角や黒い翼が生えているわけではない。特徴と言えば、黒髪と黒目くらいなんだそうだ。え、それって日本人と同じじゃない? とも思ったけど、顔つきが東洋人風ではないので、一目で見分けがつくらしい。

 今の説明でわかるとおり、魔族は「悪魔」などではない。ヒト族の聖職者あたりには、そんなことを言う人もいるみたいだけどね。一般に魔力の保有量が多く、魔法が得意なので、「魔」族と呼ばれているようだ。

 では、そんな魔王になぜ「聖女」に討伐に行ってほしいのかというと、魔王には光魔法が特効となるから、なんだそうだ。光属性の魔法にも攻撃魔法があって、これ自体は魔族以外にも有効なんだけど、魔力を多く持つ魔族に対して、特によく効くらしいんだ。

 ただねえ。今の説明はあってるところもあるのかもしれないけど、「魔王に特効」というのは、ヒト族の宗教というか、信仰的なところも強いような気がするなあ。


 それから、魔族が話す言葉も、私が今つかっているヒト族と同じなんだそうだ。

 というか、この大陸ではほとんどの場所で、言語は共通なのだそう。使う文字も同じで、英語のアルファベットとは違うけど、きれいにアルファベットに対応した26の文字とその他の記号で書かれている。ただ、地域によっては方言のようなものがあって、特に魔族とヒト族では、そこそこ違いがあるらしい。

 ちょっと特徴的なのが文字の読み方で、「au(に相当する文字)」はヒト族では「アウ」と読むのに対して、魔族は「オ」と読む。「ai」はヒト族は「アイ」なのに魔族は「エ」、「oi」は「オイ」と「オワ」、単語の頭の「h」は、魔族では発音しないんだそうだ。

 聖女様は魔族と接することもあるでしょうから、と教えてくれたんだけど、この国では魔族と接触する機会がまずないので、魔族の言葉を習おうとする人なんてほぼいない。それどころか、厳密には「外交官を除いて、魔族語の習得は禁じられている」のだそうで、これは一般にはほとんど知られてはいない豆知識なんだって。


 けど、これを教えられた時、あれっと思った。なんか、どこかで聞いたことがあるような……そして、この世界に呼び出された時に無くしてしまったかもしれない高い本、やたらに分厚い第二外国語の教科書を思い出した。そして思わず、大きな声で言った。


「それって、どこのフランス語やねん!」


 あ、しまった。ツッコんじゃった。



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