召喚されたおおまか聖女は、ハッピー・エンドを希求する
ココアの丘
序章 聖女召喚
第1話 いきなりの召喚
気がついたら、私は固い床の上に、しりもちをついていた。
えーと……私、さっきまで何してたんだっけ? あ、そうだ。アパートの自分の部屋で、第二外国語の勉強をしてたんだ。
それにしても、大学に行けてよかったなあ。父さんから、うちは国公立じゃないと行かせてやれん、って言われてたから。奨学金をもらっちゃえば私立でもいいじゃん、って藤乃あたりには言われたけど、あれって結局、借金だからね。返すの、けっこう大変そうだし。
母さんは、家から通学できるところなら私学でもいいよ、って言ってくれたけど、あれもちょっと、勘弁してほしかった。そんな、夢のないことは。国公立は近くにないから、受かってしまえば自動的に家を出ることになるし、学費が安くなるのも、家賃分の仕送りをせがむいい言い訳になる。その意味でも、国公立はマストだったのだ。
私にしてはけっこうがんばった甲斐もあって、無事に現役で合格。この四月から、いよいよ念願の大学生活が始まったばかり……。
あれちょっと待って、フランス語の教科書がないよ。さっきまで読んでたのに、どこにやっちゃったんだろう。大学の教科書ってめちゃくちゃ高いから、もしもなくしちゃってたら、けっこう痛いなあ……。
「聖女、マリーよ」
いきなり声をかけられた私は、思わず
「え、なんやて?」
と声を出してしまった。
誰かが、近くにいる。
そこまで焦りはしなかったのは、それが女の人の声だったせい。それと、なんだか頭がぼんやりしていたせいだ。けど、知らない奴が入ってきて、おかしなことを話しだしたことには違いが無い。私はちょっと強めに首を振った。続けて大きく深呼吸をし、もっと頭をはっきりさせようと、自分のことを改めて思い出してみた。
私の名前は神白真奈。中肉中背、乙女座のA型。中学の時から陸上部に入っていて、高校からは短距離に転向した。最後の県大会では惜しくも9位で、入賞はならず。大会後に部活動を事実上引退したので、すっごく久しぶりのロングヘアにすべく髪を伸ばしていたら、なぜか後輩の女子たちから「やめてください」とお願いされた。なしくずしに短髪のまま高校を卒業してしまったので、今は改めて、髪を伸ばし中……。
うん、大丈夫。意識がだいぶはっきりしてきたみたい。
私は思い切って、顔を上げてみた。そしてようやく、あることに気がついた。
──ここ、私の部屋じゃない。
いや、固い床にしりもちという時点で、なんかおかしいとは思っていたよ。でも、それにしたってとんでもないところに、私はいたんだ。
今私がいるのは、石造りの部屋の中だった。壁も床も天井も、ぜんぶ石。壁にはランプのようなものがいくつか取り付けられているけど、一つ一つの光が弱くて、部屋全体は薄暗かった。天井は無駄に高くて、ランプの光がそこまで届かないために、ほとんど真っ暗に見えた。
一方の床はというと、なにやら円形の紋様のようなものが描かれていて、それがわずかに赤い光を放っていた。その紋様の中心に、私は座り込んでいた。
そして、目の前に立っていたのは、お母さんよりも少し年上くらいの女性だった。さっき声をかけてきたのは、この人だ。
見た目からして、明らかに外国人。たぶんヨーロッパとかアメリカとか、そんな感じの顔つき。外国人の歳ってよくわからないけど、たぶん50代後半くらいかな? そんな年齢に似合わない、と言っていいのかどうかさえよくわからないんだけど、とっても豪華な、白地に金色の豪勢な刺繍が入った服を着ていた。
教会の偉い人、教皇とか枢機卿とかいうんだっけ、そんな人が着ているような服装だ。そして手にした杖には、見たこともないような大きな宝石がはまっていた。
彼女の両脇には、こちらも西洋風の甲冑姿でロングソードを腰に下げた、屈強な男が立っていた。良く見ると、紋様のまわりは、この騎士のような格好の男たちで取り囲まれていた。そのまた後ろから、枢機卿さん(仮)の服を1ランク下げたくらいの服をきたおじいさんたちが、興味深げに私の方を見ている。
あれ? 私、なんでこんなところにいるんだろう?
まわりの状況がわかった私は、なんだかさらに混乱してしまった。どうすればいいのかわからず、とりあえずその場で立ち上がった私に向かって、さっきの女性が再び口を開いた。
「聖女マリーよ、わが召喚に応えていただき、感謝する。
先日、魔王が近く復活するだろう、との神託が下された。魔王とは、我々ヒト族に対していわれなき憎悪を抱き、我らをせん滅をしようと目論む絶対の悪である。ついては、あなたの持つ聖なる力によって、この愚劣なる魔族の長を打ち破ってもらいたい。
そして、我らがカーペンタリア王国の威光をさらに高らしめ、我が国に栄光を──」
ここで、急に言葉が途切れた。私は、彼女が並べ立てたとんでもないセリフの数々にあっけにとられていたんだけど、その直後に、さらに驚かされることが起きた。
話していた枢機卿さん(仮)が、いきなり倒れてしまったんだ。
全身の力がいっぺんに抜けたように、膝から崩れ落ちる。そのまま前のめりに倒れ込むと、手で防ごうとする素振りも見せずに、顔面から思いっ切り床にぶつかっていった。薄暗い部屋の中に、ゴン、と太くて低い音が響き渡った。
そして彼女は、うつ伏せに倒れ込んだ格好のまま、ぴくりとも動こうとしなかった。後頭部だけが見えている頭の下から、血が流れ出てくるのがわずかにのぞいていた。
この突然の出来事に、私だけでなく、部屋中の人が硬直してしまった。けど、私以外の人たちは、すぐに我に返ったらしい。おじいさんや騎士さんたちが、倒れた女性の元へと、いっせいに駆け寄っていった。その中の一人に突き飛ばされて、私は冷たい床に投げ出されてしまった。
なにこれ。一体、なにが起きたっていうの?
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