ガラス細工を愛する少女は王妃様を輝かせたい

小日向 おる

01 ガラス細工に魅せられた少女

 クリス・アンバーブロウはクローステール男爵令嬢だ。


 クローステール男爵はコルデラ侯爵を主家と仰ぐ分家筋であり、ガラス細工の街『ブジェフ』の領主である。

 父クローステール男爵ノア・アンバーブロウと共に、コルデラ侯爵家のガーデンパーティに訪れている。年に一度、春から冬の訪れまでの社交シーズンの始まりに開催される、コルデラ侯爵『芸術』一門の顔見せの場だ。


 街の名産品の一つである色ガラスを使って模様を溶かし込んだとんぼ玉のイヤリングが、ふわふわのピンクブロンドの隙間から見え隠れする。大きな菫色のアーモンドアイはそれに負けない程キラキラと輝いていた。


 クリスは自領の信頼の置ける工房で作らせた、コルデラ侯爵令息への学園の入学祝いの品を手に、コルデラ侯爵ガブリエル・ギルランドに挨拶に向かった。


 ガブリエルはクリスからオクタゴンカットが施されたアッシュブルーの美しい細工のネクタイピンを手に取ると、たいそう気に入った様子で「美しいね。直接ジュールに渡しておくれ」と、ほほ笑みながらそう言ってクリスを送り出した。


 誇らしい気持ちでネクタイピンの入ったケースをおし抱きジュールのもとへ急ぐ。




「クリス・アンバーブロウ! お前のような男爵家の女が、主家のコルデラ侯爵家次期当主の僕に軽々しく口をきくなど許せん!」


 目にも眩しい赤いスーツを着込んだ少年ジュール・ギルランドが、ふんわりとしたパステルイエローのワンピースを纏ったクリスの手を殴打した。


 地面にはそれまで持っていた、ネクタイピンとケースが転がり落ちた。

 周りの大人たちの視線が二人に集まる。


「何事ですの? お兄様。あら、クリス、そのゴミはなあに?」


 大人たちの間をすり抜け、赤みの強い金の髪をコテでグルグルと巻いた、少年とそっくりな少女が現れた。


「ご機嫌麗しゅう存じます、イブリン様。我がクローステール男爵家にご依頼のありましたネクタイピンを、ジュール様にお渡しするところでした」


 クリスは恭しく膝を折った。同い年ではあるが、主家の令嬢とあっては疎かには出来ない。


「お気に召されなかったようです。コルデラ卿からジュール様の瞳の色で、カットや台座の形をご指定頂き、先程直接お渡しするようご依頼を受けましたが⋯⋯」


 クリスは職人たちが丹精込めて作ったものをゴミ扱いされて悔しさと悲しさでいっぱいだったが、出来るだけ冷静を装った。愛おしむ様に丁寧にネクタイピンに触れ、一緒に転がったケースに収納した。


「とても残念です。もう一度コルデラ卿にお話を伺って作り直してまいります」


「まっ、待て。父上が? ならばそれを寄越せ!」


 慌てたジュールがクリスから奪おうと手を伸ばしたが、双子の妹イザベラが扇でそれを制す。


「お兄様、おはしたない。一度落とした物ですわ。作り直させれば良いのですよ、ねえ、クリス」


「⋯⋯左様でございますね。では、失礼いたします」




 (⋯⋯⋯なんなのよ!)


 会場の隅まで平静を装って歩いていたクリスだったが、内心かなり腹を立てていた。あの主家の同い年の双子は顔を合わせる度に嫌がらせをして来る。

 自領の職人たちがぞんざいに扱われて悔しくてじわりと涙が滲んだ。


 クリスにとって自領の主産業であるガラス細工は心の拠り所でもある。物心ついた頃から邸宅のあらゆる場所で輝く光に囲まれ、八歳で父と訪れた工房でクローステール男爵領の名産品である事を知った。


 それ以来、王国中にガラス細工を広めたいと強く願うようになった。




「アンバーブロウ嬢」


 突然後ろから声を掛けられて肩を跳ね上がらせたクリスは、恐る恐る振り返った。


「⋯⋯第二王子殿下」


 濃紺の瞳にさらりとした胡桃色の髪を軽く纏めて佇む彼は、クリス達の住まうマグノリア王国の第二王子、アルドー・ルカ・マグノリアだ。


 慌ててクリスは膝を折る。


「アルドーでいいよ。楽にして。あまり仰々しいのは好きじゃないし」


「はい。アルドー殿下のいらっしゃる場でお目汚し失礼しました。」


「あれは君のせいじゃないだろう。そのガラス細工、遠目からもとても美しかったよ。コルデラ侯爵家『芸術』一門の作品はどれも素晴らしいよ。コルデラ侯爵領は『虹の蜘蛛』の糸で名を馳せているが、君のクローステール男爵領のガラス細工だって負けてなどいないよ」


「あっ、ありがとうございます! ガラス細工の街『ブジェフ』の職人達が聞いたらどんなに喜ぶか知れません」


 クリスは男爵領の職人達がどれだけ努力しているか知っている。自分が褒められているかのように心が沸き立った。


「私的なお願いなんだけど、私にも何か作ってもらえるかな? そうだな、ブローチをお願いするよ。勿論職人に報酬はきちんと支払うよ」


「は、はい! 必ず! お気に召していただけるよう頑張ります!」


「ああ、六日後の学園の入学式の後に時間を貰えるかな? その時に話を詰めよう。ふふ、ではね」


 にこやかに別れを告げ中央に歩みを進めていくアルドーを、クリスは礼を持って見送った。




 そんな二人の様子を先の双子はずっと見ていた。


「何ですの、あれは」


「気に入らないね、イブリン。そういえば第二王子はまだ婚約者がいなかったね」


「ええ、そうですわね。来年ご成婚なさる王太子殿下にお子様がお産まれになれば、空位のサピエンティア公爵を叙爵される予定ですわ」


「王太子殿下の婚約者は『財務』のミニュスクール公爵令嬢だったな。『財務』以外から選ばれるだろうね」


「わたくし、狙いますわよ。ほほほ。ねえ、お兄様はクリスが欲しいの?」


「あれは手に入れておくと役に立ちそうだからね」


「うふふ、あら、そう。わたくし、応援いたしますわ」


 限りなく黒い笑顔で双子は笑い合った。

 

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