第3話 だからその行動がトイレ案件なんだよ

「そして、今日よりこの私立緑川高等部の生徒として──」



 始業式の長い校長の挨拶が続く。それを俺は眠りそうになりながら聞き続ける。



 「あ」



 ふと、離れたパイプ椅子に座る小隅大桜が目に入る。ん?あれ、寝てね?



◇◇◇



 「では、これから一年よろしくお願いします。堅苦しい話は校長先生の話で済んだと思うので」



 言葉少なに俺達の担任、片岡楠美かたおかくすみ先生が柔らかい笑顔でそう俺達生徒に告げる。



 「明日より、この高校生活が始まるから無理をしないように」



 片岡先生はそう、話しを締めくくる。



 「では、きりーつ」



 今日は先生が号令をかける。



 「れいっ」



 そして、俺は頭を下げてスマホに目をやる。



 「あ、それで大桜って読むんだ!!」

 「そーだよー」



 一人の世界に入った俺とは対照的に小隅はもう、クラスの女子と仲良くしだしてる。いや、なんか胸が痛いわ──これが陰と陽の違いか……。



 「大桜ちゃんって、背が高いよね!!いくつくらい?」

 「読モとかできるんじゃない?」

 「彼氏何人くらいいた?」



 おーおー、質問攻めだわ。

 つまり、小隅と友達になりたいんだ。このクラス……いや下手したらこの高校でもトップクラスに可愛い小隅と友達──。

 あ、俺も……友達になりたい、けどさ……。



 「ごめんっ!!そろそろ友達と会うからもう行くね!!また明日!」



 そう言って小隅はスマホを見て立ち上がって、小走りに「バイバイ!」と教室から出て行こうとする。



 「あ……」

 「!」



 その時、一瞬目が合ったが小隅はすぐに目を逸らして出て行った。

 俺はその様子を遠目で見つめてから立ち上がる。



 (なんか……)



 俺は違和感を感じた。



◇◇◇



 「はーい、無事におもんない自己紹介を終えて、友達できずに終わった山門君でーす」



 教室の外で俺は山門と待ち合わせをしていた。



 「これからだよこれから。これから始まるって」



 俺はその不穏な様子の山門を適当にあしらう。



 「お前もいねーでしょ?」

 「わざわざ聞くな」



 図星突かれて俺は少しムッとする。



 「まぁ、来週ある宿泊オリエンテーションで友達作るっきゃねーわな」



 うちの高校は宿泊オリエンテーションで自然のある場所に泊まってそこでレクリエーションとかして交流を深める、コミュ障には至って辛いイベントがある訳だ。



 「まぁ、お前は小隅さんがいるから良いよな〜?」



 コイツはとことん俺に嫌味を言ってるつもりなんだろうな──。

 一緒だろうと関われはしないし、寧ろ哀れだと皮肉を言ってるのが伝わる。



 「……そうだな」



 でも、これに関して俺は特に反論をしなかった。



◇◇◇



 「でも太田おおたさんって凄いよな」



 帰りの電車の中でふと俺は山門との話の腰を折って、呟いた。



 「あ、太田里英おおたりえさん?」

 「そうそう」



 太田里英はうちの高校の特進を併願で受けた、小隅大桜の親友だ。本命は公立の偏差値がマジで高いとこなんだけど落ちて、この高校の特進の上のS特進に入学したんだ。

 因みに俺も第一志望に落ちてここの普通科に入学することになった。山門はここ専願。小隅も専願だ。



 「あのギャルみたいな見た目で、しっかり勉強頑張ってるとこって凄くね?」

 「この陰キャの見た目をしてる、勉強をそこそこしか頑張ってなかった思春期野郎の俺達とは比較できねーよな」



 スマホでゲームをしながらボヤく、山門忠司15歳はとことん歪んでる。



 「つーかギャルみたいな見た目で凄いってバカにしてね?」

 「褒めてんだよ!」

 「言い方があるってもんでしょーよ正敏君?」



 言い返せずに俺は無言になる──。

 そして、電車は暫くしてから最寄駅に到着する。



◇◇◇



 「あ!」

 「あ」



 山門と最寄駅で別れた俺は駅近くのコンビニに寄った。単純にお菓子を買おうと思っていたからだ。



 「堀田!」



 そのテンション上げて声を上擦らし、ポニテと豊満な胸を揺らす美少女。



 「……小隅さん」



 そう、小隅大桜が先にお菓子を見ている現場に出会してしまった訳なんだ。



 「いやー、高校大変だったねー」



 今の俺の気まずい状況を無視するかのように小隅は語りだす。



 「校長の話は寝かけた」

 「そうそう!私、目を瞑っちゃってたよー」



 俺はお菓子を手に取る小隅を眺める。なんと言うか──。



 「教室ではごめんね」



 その時、小隅がポツリと呟いた。



 「思わず声掛けるのを躊躇っちゃってた」

 「良いよ。話しかけるなオーラ出してたの俺だし」



 俺は中2の一月から何万回シミュレーションを繰り返してきたか分からない。

 今、こうやって普通に並んで話せてるのはあの時、"トイレに行くほどの衝動"を小隅から感じたからだ。それで何度も練習してきた。



 「……じゃあさ──」

 「ん?」



 その時、小隅は俺の耳元に口を近づける。



 「ちょっと着いてきて」

 「え……?」



 その言葉と共に俺達はコンビニの外へと出た。



 「な、何?」

 「"トる"よー」

 「え」

 「イェイ!」



 カシャっ──そう、スマホをインカメにしてそれを前に小隅は俺と2人のツーショを撮ったんだ。



 「昨日の入学式、写真撮んなかったじゃん」

 「……」



 俺は言葉が出ない。



 「私、"一応"堀田と撮りたかった」



 ポニテをいじりながら小隅はモジモジする。



 「"共犯者"として私は堀田に仲間意識を持ってる」



 そして、そう告げてきた。



 「……じゃっ、明日からよろしくねっ!!バイバイ!!」



 小隅はテテテっと走って去った。

 ──あの時と一緒だ。

 ほぼ、小隅が一方的に喋り通したわ。



 「……」



 コンビニ近くで俺は考える──。



 「嘘……だろ」



 初めて、小隅の口で聞かされたこの言葉──。



 「友達──」



 異性からの友達宣言はトイレ案件だろぉっ……!!

 俺達、友達だったのかよ──。



 「よし」



 その日、帰ってからトイレでツーショやら赤らめた顔を想像して更に悶絶したのは言うまでもない。

 という訳で、俺、堀田正敏と小隅大桜の新たな関係が始まる。

 つか、"共犯者"って結局どういう意味だ?

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