暴想ランブル!! ―変わりゆく世界で、オレたちは戦い抜く―

猫島 肇

第1話 発現者-01:鷹≪Hawk≫

 ――なんだ……、なんなんだよ……!?


 茜さす、何の変哲もない帰り道で、十色といろは荒い息を吐きながら想った。

 背中には強い痛みが残っている。吹き飛ばされた、と思ったのも束の間、気付いた時には工事現場のフェンスに薙ぎ倒されていた。


 一瞬意識が途切れ、息ができなくなり、命の危機を感じた。

 呼吸をしなければ。その一心でどうにか喉を開ける。


 幸いにも、何かが身体を貫いている感覚はない。酸素が薄くて頭が回らない。それでも、十色は考えを巡らせずにはいられなかった。


 ――いったい、何にやられた……?


 それは明確である。だが信じたくはなかった。ただの人間にここまでの力が出せるわけがない。足元に視線を落とす。吹き飛ばされたときに地面で擦ったのか、靴の踵だけが削り取られズタズタになっていた。


 軽く三メートルは飛んだのではないだろうか。口の中に血の味が拡がって、いよいよ一大事になってしまったと十色は焦る。


 だからといって彼を責める気分にはなれない。どうにか目線を上げると、いままで隣を歩いていたはずの親友が、そこにいた。自分と同じように苦しそうな声を上げなから小さくうずくまっている。時折びくりと身体全体を震わせ、それでもその場を動かない。まるで己の内なる脅威を、どうにか抑えつけているようであった。


 霞がかった視界に映る友の姿は、異形だった。


 本来、腕であるはずの箇所からは翼が生え、顔からも羽毛が伸び始めている。丸メガネの奥に見える鳶色の瞳が怯えていた。にわかには信じがたい急激な変化を目の当たりにして、これは本当に現実なのかを疑うほどだ。


 助けなければ。十色は本能的にそう感じた。これは現実だ。痛みを知る自分なら、夢でないことが丸分かりだった。どうして、こうなったんだ。


 ――オレはただ、あいつと……鷹橋たかはしと面白おかしく過ごしてただけじゃねーか。


 ほんの数分前のこと。バカ言って笑い合っていただけなのに。朦朧とした意識に鷹橋の声が思い出される。


「……なぁ十色、V.A.I.Vヴァイヴって知ってる?」

「は? 何それ?」


 男子高校生である彼らは、缶ジュースを片手に残暑が厳しい帰路を歩いていた。スクールバッグをリュック状にしてゆっくり進んでいく。寂れた商店街の終わりに差し掛かった時、茶髪で猫毛気味の少年がおもむろに口を開いた。


 スパイキーショートの黒髪の少年はジュースを一口煽ると興味なさそうに訊く。変わった単語だ。ろくに授業も聞いていないため勉強のための何かかと思った。


「ふっふっふ、十色殿もまだまだですな。最近世間を騒がせている都市伝説ですぞ」

「そんなんオレが知るわけないじゃん。鷹橋じゃあるまいし」


 鷹橋たかはし しょうはいわゆる都市伝説オタクだ。いち早く仕入れて来た知識を十色にひけらかして鼻高々といったところか。けれど、十色もそんな鷹橋の話を聞くのは別に嫌いじゃない。適当に相槌を打ちながらも、親友の話は耳に入れることにしていた。


「ま、そうだよな? 何でも、突然変異したウイルスが蔓延してるんだと」

「ウイルス? また新型の風邪とか流行るわけ?」

「いやいや、今回のは風邪とかそういうウイルスじゃなくて……えーと、身体を変化させる、みたいな?」

「なんだよ、それ?」


 急に友人の語彙力が消し飛んで、呆れて笑ってしまう。どうせ都市伝説だ。十色はそう考えて真剣に受け止めることはしない。面白トークの話題のひとつとして、何も変わらない他愛ない日常の風景のひとつとして位置付けていた。


「騒がせてるって言っても、情報が少ないんだよ! 分かっているのは、ウイルスに感染すると身体が急に変化するってことくらいで……」

「はぁ? 具体的には?」

「ネットの情報では……指から水が噴き出したとか、犬耳が生えている人を見たとか!」

「変なの。どうせ嘘でも、もっとマシな嘘をつけっての。それだとあんまり実害なさそうだしさ」


 痛いところを疲れたのか、鷹橋は唇を尖らせながら弁明する。


「だから、さっきも言ったように情報がそんなにないの! それで、危害がないかと言われると、実はそうとも言い切れないらしくて……あ」


 そこで鷹橋は言葉を切り、おもむろに十色を置いて駆け出した。いち早く缶ジュースを飲み終えたので、斜め十メートルほど先にあった自販機の横にあるゴミ箱に空き缶を入れに行く。カシャンと薄い金属が重なる音がして、細長い缶が飲み込まれていった。


 それを見て取って、鷹橋は十色のほうを振り返った。いつもの決まり文句を伝える。


「それに! 都市伝説はロマンだよ!? 嘘とかじゃな――」

「はいはい」


 適当に聞き流しながら、十色も残ったジュースを飲み干す。友と同じように空き缶を捨てようと陰から一歩抜け出した。


 商店街のアーケード屋根が終わったのだ。夕陽が目に染みる。その、目を細めた一瞬の出来事だった。


「っ――!?」


 突如、ゴウと獣の吠えるような音を耳の近くで聞く。正面から強い圧力が加わった。そのまま来た道を強制的に戻らされ、道路脇にあったフェンスに激突する。


 何も、見えなかった。その正体が突風だと気付くのには、だいぶ時間が要った。


 気付けば親友の周りはすべて薙ぎ倒されており、ゴミ箱はもちろん自動販売機までも横転している始末だった。鷹橋を中心として放射線状に、地面の舗装タイルが広範囲にひび割れている。


 友だけが、無事に立っているように見えた。まるでその現象を、鷹橋自身の意思で起こしたかのように。それが違うことは、困惑する表情から読み取れる。

 駆け寄って、お前のせいじゃないと言ってやりたかった。ケガなんかたいしたことじゃない、とも。けれど足が動かない。足どころか身体のどこも動かない。


「えっ、あ……? ヒッ――!?」


 上擦った声で鷹橋が叫ぶ。目を開けたときには彼だって状況が飲み込めなかった。自身の左腕を見て、そこにあるはずのものがなかったのも相まっている。


「なん……何だよ、これ……っ!?」


 自分の意思とは関係ないのか、翼化した腕が勝手にバサバサ震えている。それをまだ正常な右腕で抑え込んで、どうにか動かすのを制御しようとした。しかし残酷にも、右腕からも羽毛が生え始め、瞬く間に鳥の翼へと変化する。


 急いで鷹橋は身体を折り曲げ、それを包み込むように、誰からも見られないようにうずくまった。その一部始終を、十色は見ることしかできない。


「くそ……っ、たか……はし……!」


 何とか声だけはどうにか絞り出すことができた。しゃがれた声で友の名を呼ぶ。戻ってきてくれ。ただその一心で、十色は口を動かした。

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