第26話 鎮圧

「安心しろ……生きてるゼ……!」

「っ! リーゼルさん……! よかった……!」

「動けそうにはないけどな……! ガッハッ!」


 僕があからさまに感情を露わにしたせいか、通信先からは苦笑交じりの咳き込みが聞こえた。あまり無理はしないでほしいが、不敵な笑い声は途切れていない。PSY-ENCEの起動も間に合っていたようだし、おそらく、彼は大丈夫だろう。


「別働隊を治療に向かわせた。彼のことは心配するな」


 僕が動揺している間に、ヴィオライン博士は連絡を済ませていたようだ。リーゼルさんが吹き飛ばされた地点へ向け、黒塗りの車両が走っているのが見える。博士の言う別働隊だろう。

 だったら僕も、いつまでも動揺してはいられない。リーゼルさんはビート・ルーツであるし、物理的な衝撃には強いはずだと自分に言い聞かせながら、僕は巨大猫を見据え直す。


「……彼女、疲れてますね」


 数十メートル先の影を見据えながら、つぶやく。あれだけの巨体を急激に動かしたのだから、向こうだって多少の消耗はあるはずだ。そう思って不確定的に揺らぐ彼女の口元を見てみると、肩を揺らしながら一定間隔で黒い靄を吐き出して居るのが見えた。彼女も生物である以上、無尽蔵のエネルギーに満ちているわけではないらしい。


「予定外ではあるが、現状はそこまで悪くない。この調子でいけば、俺たち二人でも十分にやれるはずだ」

「そうですね……」


 と言っても楽観的になることはできない。本当に悪くないだけで、状況は決して良いとは言えないのだから。


「今度は僕が仕掛けます!」


 ヴィオライン博士は総大将だ。この状況をもっとも的確に分析できる司令塔が落ちてしまっては、作戦の成功は絶望的になる。だったらここは、僕が先陣を切って仕掛けるべきだろう。


「威勢が良いのはいいですが、私が拘束するまで待ってくださいね!」

「もちろん、そのつもりです!」


 そんなやり取りを躱しながら、僕と2Oは巨大猫へ向けて駆けだした。クネイ博士がネネ先輩を拘束するまでは、僕は巨大猫の注意を引かないように行動し、隙を見てPSY-ENCEを起動する。

 クネイ博士の操縦する2Oが地面を踏みしめ、辺り一帯に重い衝撃音を響かせながら地面を揺らす。その腕に握られた錫杖はまたしても横に構えられ、巨大猫を押し倒す形になる――


「えっ!?」


 かと思われたその時、巨大猫が2Oに頭を向けながら勢い良くしゃがみ込んだ。横向きに構えられた錫杖の下、巨大ロボットの腹の部分に巨大猫の頭が衝突する。肩の入った当て込みによって2Oは大きく体勢を崩し、その両足が宙に浮く。

 直後、まるで猛り暴れる闘牛がするように。

 巨大猫の頭突きによって、2Oの身体が跳ね上げられた。


「博士!」


 僕が叫ぶと同時に、苦し気な博士の声が通信に響く。操縦席がどうなっているかはわからないけれど、相当な衝撃を受けてしまったに違いない。彼女の安否を確認したい気持ちが先走りそうになるが、それよりも優先すべきことがある。


「逃げろクラリ! 狙われてるぞ!」

「わかっています!」


 ヴィオライン博士の言う通りだ。巨大猫は跳ね上げたクネイ博士を一瞥することもなく、こちらを向いていた。追撃すれば、2Oだって仕留められるだろうに、僕の方を向いていた。

 僕もすぐさま上半身を反転させてスラスターを吹かしたが、少々旋回に手間取ってしまった。巨大猫の歩幅はとてつもなく大きい。このままでは、追いつかれてしまう。


「俺が注意を引く!」

「いえ、僕一人でやれます! 博士は追撃の用意をお願いします!」


 宣言通り、向かってきていたヴィオライン博士を静止し、僕は彼に指示を出す。本来なら、2Oと連携してから使いたかったが、クネイ博士から通信が帰ってこない以上、僕らだけでこの状況をなんとかしなければならない。だったら、この状況を利用するんだ。


「PSY-ENCE、No4! エネルギー・コンバージェンス!」


 胸部にカプセルのエネルギーを収束させながらも、できるだけ僕本来のエネルギーは温存するように心がける。全てのエネルギーを使用してしまえばスラスターによる僕の機動力は失われてしまうし、次のチャンスにエネルギー・コンバージェンスを使えなくなってしまうからだ。

 消費エネルギーはそこそこに、確実に彼女から逃れる必要がある。

 だったら、この弾頭を使うべきだ。


「信管は1.5秒! 効果範囲はありったけに設定!」


 スラスターを吹かし続けたまま僕は胸を開き、胸部に格納していた砲塔を前方斜め上へ向ける。どの程度やれるかはわからないが、この弾に威力は必要ない。効果範囲だけにエネルギーを注ぎ込めば、PSY-ENCEから引き出した分だけでも、相当な効力になるはずだ!


「閃光弾、発射!」


 前方斜め上方に放物線を描きながら放たれる光の球。今こそ、四脚アンドロイドの構造を生かすときだ。僕は光弾を半秒だけ目で追って、すぐさま上半身だけを反転させる。僕のスラスターは上半身に付いているのだから、無理やり切り返すことだってできるはずだ!


「グルルアッ!?」


 巨大猫を視界に入れた瞬間、先ほど向いていた方向から、眩い光が放たれたのがわかった。巨大猫がうめき声をあげながら、残った左腕で顔を覆ってうずくまる。直後に僕は、彼女の両足の隙間を全速力で駆け抜ける。


「任された仕事は果たすさ!」


 直後にウィリー状態のバイクとすれ違う。操縦者のヴィオライン博士は闇に溶け込む紫の長髪と、対照的に目立った白衣の裾をなびかせ、僕とは反対にネネ先輩の股下を通り抜ける。よく見れば彼は、右手にPSY-ENCE用のカプセルを握っていた。


「PSY-ENCE、No.21、リリース・ザ・カプセリウム!」


 博士はそう叫ぶと同時に、手に持ったPSY-ENCEカプセルを地面に転がしたらしい。僕が巨大猫から十分な距離をとって振り返るころには、カプセルが眩い光を放ちながら、何かのシルエットを映し出していた。

 おそらく、あらかじめ何か別の手段を持ってカプセル内に封じていた何かを、博士が解放したのだろう。それは、ネネ先輩の右足付近でみるみると巨大化し、高さ5メートルほどの円錐形を形作っていく。


「クラリ! エネルギーレーザーの準備をしろ!」

「は、はい!」


 言われるままにガントレットを向けて、気付いた。あの形には見覚えがある。それは巨大で、紫色で、しなる巨木のような見た目をしている……K鉄奈良駅前の交差点で見た、紫色の巨木のようなアレだ!


「あの樹を撃て!」

「了解!」


 言われた通り、エネルギーレーザーを斉射すると、巨木のような何かはのたうつようにその幹をしならせた。呼び出されて早々に攻撃を受けたせいで状況が分かっていないのか、そいつはがむしゃらに暴れまわって……


「ガアアアッ!?」


 その幹で巨大猫の足を払い、彼女の身体を後ろ向きに倒した。あれだけの巨体だ。転倒の衝撃は相当なものだろう。これだけ大きな隙ができれば、あと一手で彼女を制圧できるはず。

 それでも、僕らは既に行動を終えてしまっていた。


「よくやりました! 二人とも!」


 戦線から一時的に離脱していた、クネイ博士を除いて。


「喝ーッ! ですよ、ネネット!!」


 勇ましい掛け声と共に、振り下ろされる輪付きの錫杖。追いついた2Oの一撃を頭に叩き込まれた巨大猫は、盛大に土煙を上げながら、その巨体を地に沈ませた。

          ◆     ◆     ◆

 ケースの中に残っていた二つのPSY-ENCEのうち一つを使って巨大猫の両足を切断し、治療薬を用いて破壊した後。ヴィオライン博士と数人のチームでネネ先輩の治療活動が始まった。結局、クネイ博士は軽症だったようで、今は巨大猫が暴れ出さないように、2Oの巨体で押さえつけてくれているが……巨大猫は既に戦意を失っているようだ。

 治療が進むにつれて時折苦しそうな表情は見せるものの、ずいぶんと大人しくしてくれている。それこそ、僕が彼女の顔の隣にただ立っていても、問題ないくらいには。


「もう少しで終わりますから……耐えてください」

「グルル……」


 今のネネ先輩に、僕の言葉が理解できるのか。理解できたとして、感情に流されず受け入れてくれるのか。わからないけれど、現状彼女が大人しくしてくれているのは確かだ。

 だったら下手に刺激して、暴走を誘発しないほうがいいのかもしれない。そう思っていても、時折彼女が見せる苦しそうな表情を見ていると、胸が締め付けられてしまう。


「どの口がって、話ですけど」


 自分の感情を整理するためにこぼした言葉で、目の前の巨大猫が一瞬固まったような気がした。気のせいかもしれないけれど、やっぱり僕の言葉が聞こえているのかなんて考えてしまう。

 そんな瞬間のことだった。


「グ、ル、アアアア!!」


 突如として、巨大猫が大きく口を上げて咆哮する。人の体で食らえば、鼓膜を破られてしまいそうなほどの声量。


「もうすぐだ! そのまま押さえつけててくれ!」


 巨大猫の腹の方から、ヴィオライン博士の声が響く。通信越しにも聞こえているが、この距離なら肉声も聞こえている。おそらく、治療活動が佳境に入ったのだろう。

 詳しい手順は知らないが、最終的には外科手術のように、中のネネ先輩を巨大猫から切除するのだと聞いている。こんな屋外では、まともな設備もないだろうに。


「グアアア……グアアアア!!」

「耐えてください……耐えて……!」


 誰のために言っているのか、もはやこの状況を脱したいがためだけに僕の願望がそう言わせているのか。分からなくなってくるほどに彼女の叫び声は悲痛で、僕の胸をえぐり続けている。


「よし! 見つけたぞ!」


 通信機越しに響いたヴィオライン博士の声で、手術が佳境に近づいていることがわかった。通信から博士のうめき声が響く度、巨大猫の叫び声も繰り返し響く。だけど、そんな時間ももう終わりだ。


「とった!」


 ヴィオライン博士の歓声が響いた直後、眼前の巨大猫から生気が失われたような気がして、叫び声も止み、僕は我慢できずに覗き込んだ。見るとそこには、黒い靄の間からまるで赤子のように取り上げられる何かの姿。いつか見た、グレーのハチワレ猫が、ヴィオライン博士の手の中に収まっていた。


「よしよし……意識はないようだが、このタイミングなら都合が良い。すぐに観察艦に戻って治療に移ろう」


 そう言って、傍に待機していた車両へヴィオライン博士が乗り込んだ。数人の助手がそれに続き、僕のいる位置から離れていく。おそらく、付近のテレポーターへと移動して、観察艦へ戻り、本格的な治療に入るのだろう。


「やっと……終わりましたね」


 誰に語りかけるでもなく、僕は巨大猫の方へ目線を戻しながら、そんなことを呟いた。残された黒い靄の巨大猫はといえば、まるで魂を抜かれたように沈黙している。ネネ先輩本体と離れてしまったのだから当たり前と言えば当たり前だが。


「さてクラリ。あとはこの子に治療薬を打ち込むだけです」

「ええ。そうですね」


 いつの間にか、クネイ博士も2Oを降りて僕らの傍にやってきていた。既に擬態は解除していたようで、彼女は側頭部に大きな花弁を携えた、樹人の姿を取っている。そして、その右手には、スティムダートが握られている。治療薬の効果は折り紙つきだから、これを撃ち込めば巨大猫の身体は崩壊するはずだ。言ってしまえば、目の前のこの子は抜け殻のようなもの。治療薬を撃ち込めば、崩れ去るだけの存在……そのはずなのに。


「どうしました?」

「いや、なんというか……これでよかったのかなって」


 全て上手く行ったはずなのに、何かが引っかかる。それは例えば、リーゼルさんを騙し討とうとした巨大猫の行動。戦闘中はあれほどの知能を持っていたのに、僕らの意図が伝わらないなんてこと、あり得るのだろうか?


「気持ちはわからないでもないですが、この子がまた暴れ出すかもしれませんよ?」

「だから、殺してしまうんですか?」


 もはや巨大猫に四肢はなく、戦う意思も無いように見える。もちろんそれは、ネネ先輩本体と分離したことによる影響だろうが、それでも何かを見落としているような気がするのだ。きっとクネイ博士も、同じ気持ちなんじゃないだろうか。


「……確かに。無力化できている以上、殺す必要はないかもしれません」

「だったら――」

「ですが」


 強い語気を秘めて、僕の言葉が遮られる。反射的に視界を博士へ移すと、クネイ博士は腰にそろえた両手を強く握りこんで、震えていた。


「こいつは……この菌根は、私たちの大切な仲間を殺したんです。B204-F2惑星だけじゃない。地球に来てからも奈良県のエージェントを殺し、私の大切な娘の心と身体を蝕み続けた」


 怒りに震えるその形相に、僕は圧倒されてしまう。殺さなくてもいいんじゃないかと言ったのは、確かに軽率だったかもしれない。おそらくクネイ博士にとって、この作戦は二つの意義を持っていたのだろう。

 一つは、大切な娘を救うため。もう一つは……長きにわたる苦しみを、清算するため。


「あなたにできないのなら、私がやります」


 僕に、彼女を止める権利はない。道理もなければ、止めなければならない理由もない。

 だから僕は目をそらした。極力クネイ博士を見ないように。それでもせめて、先程まで傍に寄り添っていた、巨大猫の最期を見届けるために。物悲しい気持ちに自分なりの整理をつけるために、目を伏せて巨大猫の方を見た。


――だから、気付いた。


 眼前の巨大猫が、顔も無いはずの巨大猫が。黒ずんだ涙を流しながら、歯を食いしばっていることに。その口が、耐えきれないというように、開かれようとしていることに。


「グルルルアアアアアアッ!!」

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