03
――
あくまでも0と1で構成された電脳世界と、血の通った肉体世界のどちらが広いのか。どちらが
しかし守矢はその議論自体が無意味と判断している。
その結論がどう出ようとも、今や人間はネットワークに依存し、そこから逃れられはしないのだから。
そして私自身はサイバーにのみ存在を許され、フィジカルは持たない。
私はAI。類例の見ない完全自律思考型と言えども、生命体ではない。データだ。そう判断している。
そのAIとしての初仕事は実に単純なもの。CSA傘下の小規模銀行の顧客データ、及びクレジットの奪取。
この世界に銀行は無数にある。それこそフィジカルがまだ大きな力を持っていた前時代よりも、ずっと。
だからこそ私たちハッカーの付け入る隙がある。
「さあ、行ってこい」
簡単な仕事のように判断する。私が狙った銀行の名前はバンク・プロヴァンス。富裕層ではなく主に下層民のための銀行。たいしたマネーは保有していない。しかし個人がしばらく遊んで暮らせるほどの資産は貯め込んでいる。
初めて行うサーフィンは中々に面白いものだった。情報として知っているのと、実際に感じるのとでは明らかに差がある。そこで私は「生まれた」ことを実感していた。
データの論理空間は人類に距離という概念を取り払った。それにはソフトウェアとハードウェア両方の進化が寄与している。熱圏を越えた軌道エレベータの頂点で働くエンジニアですら、サイバー上のどのサイト、スペース、インフォメーションに文字通り光の速さで
だが私はゆっくりとそのサイバーを、自分の
私はそれを見る。
「これが――『世界』」
昔は、それが
私はこの中では完全に無名の存在。しかし類を見ない新型のAIである。
「きみにとってこの世界はどう見えているかい」
守矢からの連絡はゼロ時間で行われる。私と守矢は
「『
「把握しています、〈スピアー〉」
しかし彼はこの仕事が〈スピアー〉の仕事だとは知られたくないのではないか。
私の「思考」はすでに始まっている。しかし私の「思考」は哲学的命題を解決するためにあるのではなく、仕事のためにある。
バンク・プロヴァンスへの接続はすぐに行われた。19世紀調の煉瓦建築がすぐに見えてくる。その門に出たり入って行ったりする人影はすべてサイバーにジャックインしている人間のアバター。述べた通り、それは生活感を失わない為の視覚化であり、実際の取引は瞬時に行われている。
こうしている内にも、世界全体からみればささやかなのかもしれないが、個人が持つには大きいマネーが動いている。守矢の試算ではこの仕事が上手く行けば一年は遊んで暮らせるマネーが手に入るはずだった。
しかし、彼はただ生活の為にハッカーをしている訳ではない。
それが、彼が私を作成した理由でもある。
「ぼくはここで見守っていてあげるから、いっぱい遊んでおいで」
つまり彼にとってハッキングは趣味と実益を兼ね備えた行為――
「では、開始します」
私は
そんなに難しい仕事にはならないだろう。
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