第34話 復讐者の影
大気が唸りを上げる。
帝都城門前。
ガルノフの全身から、紅蓮の闘気が噴き上がっていた。
闘気が陽炎のように空気を揺らめかせる。
肌を焼くような凄まじい熱量だ。
オーラの圧力が、空間を軋ませる。
その背後に展開していた、味方のはずの帝国兵たちでさえ、その余波でたじろぎ、後退する。
俺は足を止めた。
ヴィオラに視線を送る。
戦闘準備だ。
ガルノフを倒し、正面突破することを決意する。
だが、それと同時に、ふと疑問がよぎった。
ガルノフは本気なのか?
奴とヴィオラがこの場で戦闘を始めれば、その衝撃と余波で帝都は地図から消滅するだろう。
それは間違いなく愚策であり、帝国を揺るがす惨事となる。
だが、奴はそこまで頭が回らない男だったか?
彼はヴィオラの実力を身をもって実感しているはずだ。
俺の脳裏には先日の、理知的で紳士然とした彼の姿が浮かんでいた。
だがしかし、ガルノフは一歩、俺たちへ向け足を踏み出す。
ビキッ
石畳が放射状にひび割れる。
その双眸に理性は感じられない。
そこにあるのは、反逆者を排除せんとする、忠実な兵士の殺意だけだった。
◇
「うおおおおオオオッ!!」
獣の咆哮が大気を引き裂く。
ガルノフの姿が一瞬で視界から消える。
音速の踏み込み。
瞬きの間に、彼はヴィオラの目の前に肉薄していた。
ガルノフの剛腕が唸る。
彼は躊躇なく、ヴィオラが展開した不可視の障壁へ右拳を突き出した。
どう見ても全力の一撃だ。
ドゴォォォォンッ!!!!
至近距離で轟音が響く。
衝撃波が同心円状に広がる。
周囲の兵たちが、嵐に飲み込まれた小枝のように吹き飛ぶ。
ガルノフの拳とヴィオラの障壁が激突する。
彼の右腕の筋肉が断裂し、血管が破裂して血が噴き出している。
力が拮抗したコンマ数秒。
俺とガルノフの視線が交差した。
獣の目に、一瞬だけ理知的な光が戻る。
(行け)
俺たちにしか聞こえない声量で、彼が囁く。
直後、彼は地面を蹴った。
激突の反動をあえて殺さず、自らの身体を後方へ弾き飛ばす。
「ぐあぁぁッ! つ、強い……!」
彼は空中を舞いながら絶叫する。
「この……化け物があッ!」
獣王の巨体が彼方へ吹き飛ぶ。
ズドォンッ!
彼は城壁に激突し、ズルズルと滑り落ちた。
そのまま動かなくなる。
だらりと垂れ下がった右腕は、紫色に腫れ上がり、不自然な方向に曲がっていた。
生半可な演技ではない。
彼は本当に、片腕を犠牲にして拳を振るったのだ。
◇
「た、隊長が……やられた!?」
「隊長の一撃を受けても無傷なのか……!?」
兵士たちの悲鳴が上がる。
動揺が伝染する。
帝国最強の兵――ミスリル級の親衛隊隊長が敗北した事実が兵士たちを恐怖させ、包囲網は崩壊した。
俺たちの目の前に、ぽっかりと道が開いた。
俺は口の端を吊り上げる。
ポケットに手を入れたまま、歩き出す。
途中、倒れ伏す獣王の横を通り過ぎた。
足は止めない。
ただ、感心をこめて視線を送る。
(賢明な判断だ、番犬殿)
ヴィオラが俺の前に出る。
彼女はスカートを翻し、膝を上げた。
そのまま城門を前蹴りで砕く。
ゴオンッ!
城門が、周囲の城壁ごと吹き飛び、崩壊した。
砂煙が舞う。
俺たちはその向こう――目の前に広がる荒野へと足を踏み出した。
後ろは振り返らない。
背後に残る兵たちの沈黙が、俺たちの勝利を物語っていた。
◇
大穴から差し込む夕日が、謁見の間を赤く染める。
皇帝アルベルトは、呆然と立ち尽くしていた。
彼は、壁に開いた巨大な穴を凝視している。
肩が震える。
怒りと恐怖が入り混じり、足元がおぼつかない。
彼は落ち着きを取り戻そうと、玉座へ腰を下ろす。
その瞬間だった。
ビキッ
不吉な音が響く。
『征服者の玉座』に、亀裂が走る。
裂け目から魔力が漏れ出し、空気中に霧散していく。
皇帝の絶対的な権威の象徴が、ひび割れて崩れ去った。
「余の……余の玉座が……!?」
アルベルトは頭を抱える。
「許さん……絶対に許さんぞ……!!」
彼の両目は、怒りと狂気で充血している。
「帝国全軍に通達せよ! ガルノフも、騎士団も、軍隊長もすべて叩き起こせ! 地の果てまで追いかけ、あの愚か者どもを殺せぇぇぇッ!!」
◇
荒野に乾いた風が吹き抜ける。
砂と、土埃の匂い。
太陽が地平線に沈んでいく。
「権威も、国宝も、圧倒的な力の前ではなんの役にも立たないな……」
俺は噛みしめるように呟く。
「次はどこへ行こうか、ヴィオラ」
「どこへでもお供します、マコト様。御心のままに」
ヴィオラが迷いなく答える。
「世界の果てまででも」
赤茶けた大地に、二人の影が長く伸びる。
俺たちは道なき荒野へ歩み出した。
地図はない。
当てもない。
ただ、自由だけがあった。
◇
帝国西方の荒野地帯。
遥か彼方を見下ろす岩山の上に、一つの影があった。
真紅のマントに漆黒のローブ。
切り落とされた短い金髪。
耳は長く鋭く尖っている。
瞳には、燃え盛る紅蓮の狂気。
少女は唇を歪め、つぶやく。
「……見つけた」
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