第13話 整地

 多少のトラブルはあったものの、無事に冒険者登録を済ませた翌日の早朝。  


 俺たちは冒険者ギルドで、一番簡単な採取クエストを受注した。


 『ヒールナズナの採取』。  


 場所は街の外にある「迷いの森」。  


 報酬は銅貨十枚。


 一日分の宿代と食事代で消える程度の金額だが、今の俺たちに必要なのは「普通の銅級冒険者」としての実績作りだ。


 俺たちは地図を片手に、森へと向かった。


 ◇


 「迷いの森」は、その名の通り鬱蒼とした木々が視界を遮る、陰気な場所だった。


 地面は腐葉土と泥でぬかるんでおり、歩くたびに靴がズブズブと沈む。  


 湿度は高く、耳元では羽虫が不快な羽音を立てて飛び回っている。


「……うへぇ」


 俺は額の汗を拭い、思わず顔をしかめた。

 

 服が肌に張り付く不快感。足元の悪さ。


 それらに文句を言うのは我慢だ。


 俺は泥に足を取られながらも、ヒールナズナの特徴である小さな白い花弁を探して視線を巡らせていた。


 すると突然、ヴィオラが足を止めた。


「不快です」


 聞くものを恐怖で凍てつかせる怒気を孕んだ、氷点下の声色だ。  


 彼女は泥のついた俺のブーツを、親の仇のように凝視している。


「マコト様の御足を汚す泥、視界を遮る木々、肌にまとわりつく湿気……。この森の全てが、マコト様への敬意を欠いています」


「い、いや、森ってのはこういうもんだから……」


「いいえ。マコト様が泥に足を取られる必要などございません。……私が道を作ります」


 ヴィオラはスッと右手を虚空へ差し入れた。


 ズズズ……ッ


 空間が歪み、彼女の手には漆黒の大剣が握られていた。  

 それを、彼女はまるで草刈り鎌のように無造作に構えた。


「整地いたします」


 ゴウッ!!!!!


 彼女が大剣を水平に一閃させた。    


 放たれたのはただの斬撃ではない。  


 剣圧によって生じた、超高密度の衝撃波だ。


 轟音と共に、目の前の景色が一変する。


 鬱蒼と茂っていた巨木たちが、根本から綺麗に切断されて吹き飛んでいく。    


 そして何より恐ろしいのは、その衝撃波が地面を均したことだ。    


 剣圧が巨大なローラーのように地面を押し潰し、泥水を蒸発させ、土をコンクリートのように硬く圧縮してしまったのだ。


 数秒後。


 土煙が晴れた先には、幅二十メートル、長さ数百メートルに及ぶ、一直線の平地が出現していた。


 障害物は一切ない。

 

 木も、草も、泥も、虫も。

   

 全てが魔剣の一振りで彼方へ吹き飛ばされ、そこには王都のメインストリートもかくやという、完璧な舗装道路が誕生していた。


「完了しました。これで快適に歩けますね、マコト様」


 ヴィオラが涼しい顔で、大剣を虚空へ収納する。

   

 土木工事のために魔剣を振るう。

 

 そのあまりのギャップと、デタラメな威力。


 普通なら、ここで戦慄するはずだ。


 自然を、世界を、こんなに簡単に書き換えてしまう力に恐怖すべきだ。    


 なのに。


「……ああ。歩きやすそうだな」


 俺の心に湧き上がったのは、恐怖よりも先に安堵だった。    


 これで靴が汚れなくて済む。  


 この道なら、疲れずに歩ける。    


 その便利さを、破壊への忌避感よりも優先してしまった。


(……俺の感覚も、麻痺してきているのか?)


 薄ら寒いものを感じながらも、俺はその快適な道へと足を踏み出した。  


 俺はもう、泥道には戻れないのかもしれない。


 ◇


 俺たちは規定量の薬草を採取し、ギルドへと帰還した。  


 ヴィオラが作った道のおかげで、移動は驚くほどスムーズだった。


「ヒールナズナの納品ですね。確認しました。報酬の銅貨十枚になります」


 カウンターで昨日の受付嬢が対応する。  


 彼女は報酬をトレイに置きながら、どこか探るような視線を俺に向けてきた。


「あの……実はですね、先ほど別の冒険者から報告がありまして。『迷いの森に、何者かが作った巨大な街道が出現した』と……」


 受付嬢の声が震えている。  


 森の方角から帰ってきた俺たちが、無関係だとは思っていないはずだ。


「お二方、何かご存知では……」


 俺の心臓がドクリと跳ねた。  


 金で黙らせるか? 

 いや、それは悪手だ。  


「口止め料」を渡せば、俺たちが犯人だと認めることになる。


 ここは、一般人として振る舞い、徹底的にシラを切るべきだ。


 俺は目を丸くして、心底驚いたような顔を作った。


「街道? なんですかそれ。俺たちは入り口付近で草を摘んでいただけなので、全然気づきませんでしたよ」


「え……でも、森の奥から凄い音が……」


「音? ああ、なんか雷みたいな音はしましたけど……俺たち、怖くてすぐに逃げちゃったんで」


 俺は「ただの臆病な初心者」を演じきった。    


 そして、隣のヴィオラを見る。  


 彼女は虚空を見つめ、我関せずといった様子で佇んでいる。  


 その無関心さが、逆に「何もしていない」という無言の証明になる。


 受付嬢は俺とヴィオラを交互に見て、やがて引き下がった。


「そ、そうですよね……。銅級の方が、そんな森の奥まで行かれるはずないですし……失礼しました」


 証拠はない。  


 あんな大規模な破壊痕を、彼女が大剣一振りでやったとは思うまい。


 災害かモンスターの仕業と思うのが普通だ。


「いえいえ。怖いですね、森って」


 俺は報酬の銅貨を受け取り、足早にその場を離れた。    


 嘘をつくことに、罪悪感がなくなってきている。  


 自分の平穏を守るためなら、息をするように嘘を吐く。  


 俺は確実に、こちらの世界の住人になりつつあった。


 ◇


 夕暮れのベルファスト。  


 ギルドを出た俺たちは、屋台が並ぶ通りを歩いていた。


 手には、わずかな銅貨。  


 額面としては微々たるものだが、これは俺たちがこの国で稼いだ最初の一歩だ。


「なあヴィオラ。せっかくだ、こいつで何か買って帰ろうか」


 俺が提案すると、ヴィオラは瞳を輝かせた。


「素晴らしいお考えです! マコト様からの施し……ああっ、想像しただけで涎が……!」


「施しじゃなくて、ただの飯だ。……ほら、あの串焼きでいいか?」


 俺は屋台で串焼きを二本買った。  


 香ばしいタレの匂いが食欲をそそる。  


 俺はその一本をヴィオラに差し出した。


「ほら、食おうぜ」


「いただきます、マコト様。……貴方様が下さったものなら、たとえ泥の塊でも毒薬でも、私にとっては至上の晩餐です」


 彼女は幸せそうに串焼きを口に運んだ。


 その言葉は本心なのだろう。  


「マコトから与えられた」という事実だけを、彼女は咀嚼し、嚥下している。


 その姿を見て、俺は背筋が寒くなると同時に、どうしようもなく愛おしさを感じてしまった。


 普通の幸せとは程遠い。  


 彼女の愛は歪んでいて、俺の感性は麻痺している。


 だが、これこそが俺たちにお似合いの味なのかもしれない。


 俺たちは串焼きを齧りながら、雑踏の中を歩き出した。

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