レイド・オービット【異相軌道】

トニコ

第1話

プロローグ:『震える手と凍える手』


「――おい、リィナ。聞こえてるか?」

ヘルメットのスピーカーを叩く、整備士の粗野な声。


わたしは、モニターに映る作業員の1人を見つめたまま、短く返す。

「……感度良好(クリア)です」


「嘘つけ。パルスが乱れてるぞ。幽霊でも見たような波形だ」

「幽霊……そうかもしれません」

「はあ? 縁起でもないこと言うなよ」

呆れたようなため息が聞こえる。


わたし、リィナ・クレインは、操縦桿を握る自分の指先を見つめた。

白く、細く、震え一つない。


でも、その奥底で、脳が焼けるような“あの光景”がフラッシュバックする。



脳内で弾ける、過去の記憶。

轟音を伴った紫の亀裂が宇宙の闇を引き裂く。まるでガラスを砕くようにバキバキと…亀裂を走らせていく。

その亀裂と味方機の合間を縫うように一機の白いシンクロブースターが闇に向けて急激に詰め寄る。それはやがて、闇を抜けて戦闘と思しき場所まで…

『だめだ、意識ごと持って行かれる!』

『あいつ…… 味方まで!?』

(来る…また、あの……)



「……リィナ、おい! 息をしてるか!?」

整備士の焦った声が、鼓膜を震わせ、現実に引き戻される。

「……大丈夫」震える手と心を抑えながら短く答える。


「勘弁してくれよ。こっちはこの最新鋭機、【エリエル】の火入れで神経すり減らしてるんだ」

整備士がぼやく。


モニターの端に表示された機体ステータスが、淡く脈打っていた。

「お前のその新しい機体、ただでさえ繊細なんだ。旧式とは違ってな。だから傷一つつけたくないんだよ」


「エリエルは……静かです」

「はぁっ?」

「まるで、死んでいるみたいに」

わたしの言葉に、無線の向こうで絶句する気配がした。


「事実です。……でも、悪くない感覚です」

「ったく勘弁してくれよ。縁起でもねぇ…ギルドユニオンの英雄の娘だろ?」


「…父のこと、ですか」

「…スマン、口が滑った、もう忘れろ…」

「でも……」

「……まだ、あん時のこと引きずってんのか?お前まで無茶する必要はねぇよ。とりあえず、眠ったままのコイツを起こしてやらねえとな。亡霊のままじゃ寂しいだろ……」


「……亡霊、ですか」(でもきっと…)



「出力臨界点を突破(オーバーロード)。……システム、オールグリーン。いつでもOKだ」

事務的な報告。それが合図だった。


わたしは操縦桿を握る手に、ぐっと力を込める。

あの日、トリガーを引く瞬間に感じた、魂が凍りつくような感覚。

それはもうない。


「リィナ。震えは止まったか?」

「……はい」

機体各部に張り巡らされた素材が、わたしの意識を吸い上げ、淡い燐光を放ち始める。

ドクン、と。

白く巨大な機体が、わたしの心臓と重なって脈打った。

「システム、オールグリーン。エリエル、起動します」

「よし。ハッチ開放。……征け、リィナ」


漆黒の闇へと続く扉が、音もなく開く。

そこはかつて地獄であった。そしてこれからは――。


「……ご指示を」

静かな音声が、広大な宇宙の闇に吸い込まれていく。

それは、新たな時代の幕開けを告げるように静かに響く…

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